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- 日銀 次の一手
日銀は1月23、24日に開催された政策決定会合において、0.25%ポイントの利上げを決定した。これで、政策金利である無担保コール翌日物金利の誘導水準は0.50%になっている。この決定の背景には、昨年末以降、急速に進んだ円安があったのではないか。1月6日、全国銀行協会の賀詞交歓会で、植田和男総裁は、「様々なリスク要因を注視する必要がある」と語り、金融政策の変更に慎重な見方を示していた。しかし、1月16日、第二地方銀行協会が開催した賀詞交歓会で挨拶した際、同総裁は、一転して「(来週の決定会合で)利上げを行うかどうか議論し、判断する」と語っている。12月3日に1ドル=149.60円だった円/ドルレートは、1月7日に158円台となり、160円へ迫る状況になった。円安は物価を押し上げ、長期金利を上昇させる要因だ。政府内においても、円安に対する警戒感があるだろう。もっとも、今後、日銀が連続的に利上げに踏み切るとは考え難い。付利金利の急速な上昇により、日銀の収益バランスが大きく崩れかねないからだ。
■ 長期金利は為替の動きに連動
2023年1月18、19日の政策決定会合で、日銀がイールドカーブ・コントロールにおける10年国債の利回りのターゲットについて「0%程度」を維持しつつ、「±0.5%程度」の変動幅を設けて以降、10年国債の利回りは為替に連動している。さらに、日銀は2024年3月18、19日の決定会合で、イールドカーブ・コントロールを廃止したが、円安による物価上昇圧力は、引き続き長期金利に影響を与えているようだ。
■ 期待(予想)インフレ率は2%へ接近
5年国債と物価連動債の利回りから算出した市場の期待(予想)インフレ率は、足下、1.74%になった。日銀がターゲッティングする2%には届いていないものの、トレンドは上昇基調だ。燃料油価格激変緩和補助金の廃止によるガソリン価格の急上昇などもあり、今後も消費者物価上昇率は前年同月比で2%を超える可能性が強い。市場が織り込む期待インフレ率も、上昇を続けるのではないか。
■国債買い入れ分は概ね超過準備に積み上がった
2013年4月の政策決定会合で量的・質的緩和を決めて以降、日銀は市場から長期国債を買い入れ、マネタリーベースを供給した。このマネタリーベースは、期待インフレ率の高まりに連動して銀行による融資の原資となり、消費や投資を押し上げて需給ギャップを縮小させることが期待された。しかし、実際は日銀当座預金に超過準備として積み上がり、歴史的な緩和の出口戦略を困難なものにしている。
■ マネタリーベースの大量供給でも与信は伸びず信用乗数が急低下
量的・質的緩和によるマネタリーベースの供給が銀行の与信を拡大させる上で、信用乗数の安定が条件だった。しかし、2013年3月に8.50倍だった信用乗数は、足下、2.45倍へと低下している。一方、円安など外部要因で物価は上昇基調だ。過度の円安を抑止する上で、日銀はマネタリーベースの供給量を絞る必要があるものの、保有する長期国債を売却できず、バランスシートの圧縮は進んでいない。
■ 資産の保有長期国債は負債の当座預金残高に対等
金融機関は日銀の当座預金に500兆円を超える超過準備を積み上げた。政策金利を上げる場合、超過準備の付利金利も引き下げれば、インフレ下で市中にマネタリーベースが漏出しかねない。ただし、付利金利(=政策金利)を1.0%にすれば、日銀の利払い費は5兆円を超える。それは、保有国債の受取利息、ETFの配当金など、日銀の経常収益とほぼ同水準だ。政策金利が1%を超えれば、日銀は大幅な赤字に陥るだろう。
■ 付利金利の引き上げは経常収支に直結
日銀の2024年3月期決算では、経常収益は5兆859億円だった。内訳は、国債の受取利息1兆7,124億円、外国為替差益1兆6,757億円、ETFの配当金1兆2,356億円などだ。円高になれば、外国為替は差損になる。この経常収支の状況を考えると、日銀の利上げは、保有長期国債がより表面利率の高い借換債に置き換えられ、加重平均の受取利息が増加するペースを意識したものになるだろう。
■ 日銀の資産規模は突出して大きい
FFレートの誘導水準を一時5.25~5.50%へ引き上げたFRBは、既に実質債務超過になった。ただし、会計上は繰り延べ資産に計上、金融政策に支障を来していない。日銀の債務超過も問題ないとの見解は少なくないようだ。ただし、FRBの資産規模は米国のGDPの23%に過ぎないが、日銀は116%に達している。債務超過になった場合、円、国債の信認に関する壮大な社会実験になりかねない。
■ 2025年2~12月の償還は76兆1,183億円
日銀の保有する長期国債のうち、今年、償還を迎えるのは簿価で76兆1,183億円だ。内訳は、2年国債38兆2,063億円(表面利率0.005~0.1%)、10年国債31兆4,055億円(0.4%)、20年国債5兆9,335億円(1.9~2.1%)である。現在の長期国債の発行利率は、2年債0.6%、10年国債1.2%、20年国債1.8%のため、借換債への乗り換えで加重平均利回りは上昇するものの、ペースは緩慢だろう。
■ 日銀 次の一手:まとめ
日銀は利上げを実施したものの、同行自体のALMを考慮すると、当面、政策金利は1%程度への引き上げが精一杯ではないか。付利金利の引き上げで超過準備への利払いが急増すれば、経常収益を超えて大幅な赤字に陥る可能性があるからだ。日銀が債務超過になった場合、市場が円や国債をどのように評価するのか、それは壮大な社会実験とも言える。結局、日銀にはFRB、ECB、BOEのような利上げは困難だろう。それが市場のコンセンサスになれば、長期的には円安シナリオが現実的と見られる。
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