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個人の投資に不適格 日本国債
市川 眞一
2024/05/31

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概要

賃上げを背景とした基調的物価上昇か、それとも円安による輸入物価主導のインフレか・・・理由は分かれるとして、日本はインフレ期に入ったと考えられる。しかし、日銀が理由に拘り本格的な出口戦略への移行を躊躇う結果、さらに円安が進む悪循環となった。消費者物価上昇率が2%を超えるなか、個人向け10年国債の表面利率は0.57%に過ぎない。個人にとり投資には不適格だろう。



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■ 出口への移行が遅れたツケ

2016年9月20、21日の政策決定会合で、日銀はイールドカーブ・コントロール(YCC)を導入した。長期金利を直接的にターゲッティングする手法は、少なくとも主要国の中央銀行では極めて異例のことだ。当初、YCCの背景として、長期国債の保有残高を年間80兆円増やす政策の副作用が強まるなか、歴史的な緩和の姿勢を維持した上で、国債購入量を減額することが目的と見られていた。

実績を見ると、日銀の長期国債保有残高増加額は、2015年の80兆2,577億円、2016年の78兆6,346億円をピークに縮小に転じ、2021年には13兆5,154億円となった。YCCに込められた意図は半ば達成されたかに見えたのである。



もっとも、YCCの最大の弱点は、デフレ圧力が緩和されて物価が上昇に転じた際、本来は出口戦略へ移行するプロセスにおいて、長期金利の上昇を抑えるため国債購入量が増加する可能性だ。日銀がこの問題に直面したのは、新型コロナ禍の後である。世界的にインフレが懸念されるなか、2022年に入って日本国債への売り圧力が強まった(図表2)。2%の物価目標に拘り、YCCを堅持していたことから、2022年の長期国債残高増加額は44兆6,130億円へと大きく増加したのである。


これは、インフレ下での量的緩和だ。その歪みが通貨を直撃、円安が加速した。さらに、円安が輸入品の価格上昇を通じて物価を押し上げ、日本経済は「円安とインフレの悪循環」に陥っている。

■ 実質的価値が目減りするリスク

FRB、ECB、BOEなど主要中央銀行が軒並み政策金利を引き上げるなか、日銀だけが緩和基調を引っ張り、金利差による円安がインフレ圧力の要因になっている。賃上げを背景とした基調的な物価上昇であろうが、円安による物価上昇であろうが、インフレの下で中央銀行が歴史的緩和基調を維持した場合、通貨が下落してインフレが加速するのは自明の理と言えるだろう。

長いデフレ時代における経験から、長短名目金利はゼロ近辺であることが当たり前になったが、理論上、名目金利がインフレ率を上回り、実質金利はプラスでなければならない。1990年代央以降のデフレ期でも、消費税率引き上げによる一過性の要因を除けば、実質長期金利は概ねプラスゾーンで推移していた(図表3)。しかし、日銀が大胆な政策転換を図るとは考え難く、今後も円安とインフレが続く可能性が高いと考えられる。

そうしたなか、国債の発行条件を見ると、例えば10年物個人向け国債の表面利率は0.57%に過ぎない。金融機関や機関投資家であれば、ディーリングのため一定量を保有する動機がある。しかし、基本的に個人は”Buy & hold”だ。今、この条件では実質金利がマイナスであることから、実質ベースでの資産の目減りが避けられない。つまり、10年国債を購入する意義はほとんどないだろう。

2024年度の国債発行計画によれば、今年度の個人向け国債は3兆5千億円の発行予定だ。財務省が作成した個人向けのパンフレットを見ると、「元本割れなし、不安なし」、「国が発行、とにかく安心」と説明が書かれていた。ただし、満期まで物価が日銀の目標とする2%を安定的に超えた場合、購買力としての価値が低下する結果、実質ベースで損失を被るリスクに関しての説明はない。

個人の資産形成において、現行条件での長期国債は買ってはいけない金融商品なのではないか。

 


市川 眞一
ピクテ・ジャパン株式会社
シニア・フェロー

日系証券の系列投信会社でファンドマネージャーなどを経て、1994年以降、フランス系、スイス系2つの証券にてストラテジスト。この間、内閣官房構造改革特区評価委員、規制・制度改革推進委員会委員、行政刷新会議事業仕分け評価者など公職を多数歴任。著書に『政策論争のデタラメ』、『中国のジレンマ 日米のリスク』(いずれも新潮社)、『あなたはアベノミクスで幸せになれるか?』(日本経済新聞出版社)など。


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