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変化が加速する家計の資産運用
市川 眞一
2024/09/27

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概要

2022年5月5日、ロンドンのギルドホールで講演した岸田文雄首相は、『資産所得倍増プラン』を打ち出した。それから2年4ヶ月、世の中のセンチメントがデフレからインフレへ変わったことに加え、新NISAの創設など制度改革もあり、家計による金融資産の運用には明らかな変化の兆しが見られる。この資産所得倍増プランに関しては、次の政権にも受け継がれることになるだろう。



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■ 踏み出した第一歩

日銀は、9月19日、今年4-6月期の資金循環統計を発表した。個人金融資産の残高は2,211兆6,511億円となり、7四半期連続で過去最高を更新している(図表1)。現預金は1,126兆9,845億円で過去2番目の高水準だ。新NISAの導入などで家計の資産運用への関心は高まっているものの、現預金が全体の50%を超える状態が続いた。

もっとも、家計が保有する各資産の残高を見ると、明確な変化の兆しが見られる。直近1年間における家計の金融資産への純資金流入額は18兆9,379億円だが、資産残高は97兆9,372億円増加した。この大きなギャップは、リスク性資産の価格上昇がもたらしたものだ。



例えば株式の場合、この間、1兆2,137億円の資金流出だった。一方、資産残高は40兆5,660億円膨らんだ(図表2)。1年間で家計の保有する株式は15%程度上昇したことになる。また、投資信託は9兆1,583億円の資金流入に対し、資産残高は27兆2,495億円増加した。その結果、残高が127兆9,503億円に達し、7四半期連続で過去最高額を更新している。


株式、投信などリスク性資産の価格上昇により、保有していた家計は、概してその恩恵を受けたと言えるだろう。ギルドホールでの講演で、岸田首相は、「眠り続けてきた1,000兆円単位の預貯金を叩き起こし、市場を活性化するための仕事をしてもらう」と語った。岸田政権の間に、その第一歩は踏み出したと言えるのではないか。

■ 資金循環は時代の変化を映す

6月までの1年間、家計の持つ現預金は9兆4,184億円の資金流入であり、総資金流入額の49.7%を占めた。内訳を見ると、流動性預金へ27兆2,234億円が流れる一方、定期性預金からは15兆9,117億円の大量流出になっている。インフレ期待と金利上昇観測により、家計は定期性預金を敬遠、流動性預金へ資金をシフトしたと言えるだろう。家計が金利変動などに対して敏感に反応するようになった一つの証拠に他ならない。

ちなみに、直近1年間は現預金と投資信託への資金流入額がほぼ同水準だった(図表3)。こうした現象は、2008年1-3月期以来のことである。株式は小幅な売り越しが続いているものの、家計の資産運用への意欲はようやくリーマンショックを乗り越えたと言えるのではないか。

また、ストックベースで見ると、6月末の時点で現預金が個人金融資産残高に占める比率は51.0%だ(図表4)。米国は12%、ユーロ圏は34%であり、依然として日本の家計の金融資産は現預金に偏っている。ただし、2020年4-6月期の55.1%と比べ、4年間で4.1%ポイント低下した。当時は新型コロナの感染第1波が来襲、国際的に金融市場が不安定化しており、単純な比較はできない。それでも、現預金比率がリーマンショック期以降で最低水準になったことは明らかだ。一方、この4年間で株式のウェートは4.9%ポイント、投資信託は同2.1ポイント上昇している。

戦後、ほぼ一貫して実質賃金が伸び、終身雇用と国民皆年金で老後への備えが確保されていたことで、日本の家計には金融資産の運用が根付かなかった。しかし、インフレ観測が強まる一方、雇用の流動化が進もうとしている。また、少子高齢化の下、年金の頑健性にも不安が高まった。家計の金融資産のアロケーションは、長期的に変化するのではないか。今年4-6月期の資金循環統計は、そうした見方と整合的な結果と言えそうだ。


市川 眞一
ピクテ・ジャパン株式会社
シニア・フェロー

日系証券の系列投信会社でファンドマネージャーなどを経て、1994年以降、フランス系、スイス系2つの証券にてストラテジスト。この間、内閣官房構造改革特区評価委員、規制・制度改革推進委員会委員、行政刷新会議事業仕分け評価者など公職を多数歴任。著書に『政策論争のデタラメ』、『中国のジレンマ 日米のリスク』(いずれも新潮社)、『あなたはアベノミクスで幸せになれるか?』(日本経済新聞出版社)など。


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