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新政権の「投資大国」は資産・消費の好循環を生み出せるか
大槻 奈那
2024/10/04

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概要

金融資産に住宅等を含めた日本の家計総資産は、コロナ前比で425兆円増加、約3,450兆円迄積み上がった。最近のマンション価格は株価と連動しており、石破政権の「投資大国」等の施策で、金融資産のみならず住宅価格も刺激されうる。近年日本では、資産効果や信用価格効果による消費刺激効果は薄かった。足元ではリスク要因も目立つ。しかし、中期的には様々な構造変化で、資産価値の上昇が経済成長を後押しするという、「資産と消費の好循環」が生じる可能性もある。



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■ 新政権は「投資大国」の実現を目標に

10月1日に石破新総理が指名され、「資産運用立国」の加速と「投資大国」の実現が掲げられた。当初警戒された利上げ志向についても軌道修正が繰り返し伝えられており、株価の上昇期待が高まっている。しかし、株価の上昇が続くためには、政府の施策だけではなく、民間主導の持続的な経済成長が不可欠だ。米国では、資産価格の上昇が個人消費の原動力になり、株価を後押ししている。日本でも、こうした資産価格と消費の好循環は生まれるだろうか。

■ 日本の家計:金融・非金融資産が増加


周知のとおり、日本の金融資産は近年一貫して増加しており、2024年6月末には、過去最高の2,199兆円まで積み上がった。これに、非金融資産である住宅等を加えた家計の総資産額は、約3,450兆円に上ると試算される(図表1)。コロナ前の2019年末に比べて、14%、425兆円もの増加である(うち、金融資産+328兆円、非金融資産+97兆円)。人口一人当たりに直すと約340万円資産が増えた計算になる。同時期の米国の家計資産の増加額が7,000兆円にも上るのに比べると緩やかにも見えるが、過去に比べれば、近年の増加ペースは注目に値する。

非金融資産の増加に貢献しているのが住宅である。このうち、マンションの価格は、近年、株価との連動性が高くなっている(図表2)。この関係が続くのであれば、「投資大国」等の施策で、金融資産のみならず非金融資産も刺激される可能性がある。

■ 資産価格の経済への波及:「資産効果」と「信用価格効果」

こうした家計資産の拡大は、多くのルートで経済に影響を与える。図表3は、地価の変動を起点として、資産価格が実体経済に影響を与える経路を示している。代表的なルートは、 「資産効果」と「信用価格効果」である。「資産効果」とは、保有資産の価値上昇で消費が刺激されるというものだ。「信用価格効果」とは、不動産価格の上昇によって、その保有者(企業や個人)の信用力が改善し、借入が容易になることで、経済活動が活発になるという考え方だ。

このうち、日本の資産効果については、様々な試算が行われている。日本銀行は、100円の金融資産の変化が個人消費を概ね2~4円変化させるという先行研究を紹介している(2016年4月展望レポート)。これを用いると、2023年の個人消費は、金融資産の増加に伴う資産効果で0.7~1.5%ポイント程度押し上げられていたと試算される。非金融資産の上昇分も加味すれば効果はさらに大きかったはずだ。ところが、図表4の通り、足元では、金融資産の伸びの割に、個人消費は冴えない。物価上昇が消費に悪影響をもたらしているとしても、その分資産価格も大きく上昇しているので、もう少し消費を刺激してもよさそうだ。また、米国と比べるとそもそも日本の資産効果は弱めに見える。これはなぜか。

■ 資産増加が消費に繋がっていない理由

第一に、日本では、資産が消費意欲が低めな高齢者に偏っていることから、消費刺激の効きが弱い可能性がある。

第二に、日本では資産デフレが長く続いたため、資産価格の上昇に対する不信感が強い可能性もある。個人による日米の地価の予想を比較すると、米国では、値上がりを予想する人の割合が下落を予想する割合を常に大幅に上回っているのに対し、日本では2022年までは、値上がりを予想する人の割合が値下がり予想よりも少ない傾向が続いていた(図表5)。資産価格がいつか値下がりすると思っていたら、短期的な値上がりで消費を増やす気にはなれないだろう。

第三に、日本では、住宅ローン以外で住宅を担保に融資を受ける仕組みが一般的でない。このため、資産価値の向上を利用して借入を行い消費を増やすという信用価格効果が働きにくい。米国では、ホームエクイティローンがクレジットカード利用残高の3分の1程度となっており。住宅価格の上昇が借り入れの拡大を通じて消費を支えている。

■ 構造変化で資産価格と消費の好循環も

しかし、変化の兆しも見える。まず、新NISAで、現役世代の株式保有が急増している点だ(図表6)。20~40歳未満で株式を保有する人が同世代の全人口に占める割合は、2014年度末の12.0%から23年度末には17.2%に増加した。この結果、すべての株式保有人口に占める現役世代の割合は、2014年の53%に対し60%にまで上昇している。株価上昇の恩恵が、消費が旺盛な現役世代に作用しやすくなりつつある。

資産価格上昇の持続力への不信感についても、前景図表5の通り、足元で改善傾向にある。今後も不動産価格の上昇が続けば改善されるだろう。不動産、特に住宅価格は、類似物件の直近の売買事例が参照されるため、価格が上昇している時(または下落時)は、そのモメンタムが続きやすいという「バブルビルダー効果」があると考えられている。足元の株価は、為替や海外情勢等から不安定な動きを続けている。住宅価格についても、一部の都心のタワマン等には行き過ぎ感もある。しかし、実質金利がマイナスで推移し、新政権も国民の資産拡大を後押しすること等から、アップダウンはありつつも、資産価値は当面上昇傾向が続くとみるのが自然だ。更に、これまで資産価格から消費への波及を阻んでいたいくつかの要因も緩和されつつある。

資産価値の上昇が個人消費の原動力となり、企業収益の向上と経済成長を促し、それがまた資産価格の上昇を促すという好循環が日本にも生まれるかもしれない。

 

 


大槻 奈那
ピクテ・ジャパン株式会社
シニア・フェロー

内外の金融機関、格付機関にて金融に関する調査研究に従事。Institutional Investors誌によるグローバル・アナリストランキングの銀行部門にて2014年第一位を始め上位。国家戦略特区諮問会議有識者議員、規制改革推進会議顧問、デジタル行財政改革会議アドバイザリーボード委員、財政制度等審議会委員、金融庁・資産運用に関するタスクフォースメンバー、東京大学応用資本市場研究センターフェロー等を勤める。日本経済新聞「十字路」、日経ヴェリタス「プロの羅針盤」、ロイター為替フォーラム等で連載。日経Think!エキスパート・コメンテーター、テレビ東京「モーニングサテライト」で解説。名古屋商科大学大学院 マネジメント研究科教授 一橋大学博士(経営学)


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