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- 「103万円」は本当に壁なのか?
自民、公明両党が衆議院で過半数を失い、野党第3党の国民民主党が予算、法案採決に関して実質的なキャスティングボートを握った。与党との政策協議に当たり、同党は所得税に関する「103万円の壁」の引き上げを最も重視しているようだ。もっとも、労働供給の制約要因としては社会保険料がより大きい。また、財政の悪化は、円安による実質賃金の低下を招く可能性がある。
■ 103万円より重要な106、130万円
給与に関する所得税は、給与収入から各種控除を引いた所得に対して課される。最もベーシックな控除は、給与所得控除55万円、基礎控除48万円(以下「基礎控除等」)なので、給与収入が年間103万円までなら課税対象の給与所得はゼロになり、所得税は課税されない。103万円を超えると、超過分に最低5%の税率で所得税が課税されるため、パートやアルバイトが労働時間を抑制する要因との見方がある。国民民主党の主張は、この点に焦点を当てたものだ。
もっとも、給与収入が104万円になっても、課税される所得税、住民税は合わせて月額800円程度だ(図表1)。一方、年106万円を超えると、従業員51人以上の事業所で働く場合、学生を除き社会保険への加入義務が生じ、保険料を負担する。その額は月間1万3千円程度であり、所得税・住民税に比べ影響が極めて大きい。給与収入が130万円を超えれば、企業規模に関係なく学生も社会保険へ加入しなければならない。
総務省の家計調査により、2023年における勤労世帯の所得5分位それぞれにおける税及び社会保険料負担を10年前と比較すると、直接税はどの階級も顕著には増加していなかった(図表2)。大きく増えたのは、税率が上がった消費税、そして社会保険料だ。手取りを増やし、労働供給を増加させるためには、税と社会保障を一体的に見直し、106万円、130万円の壁を動かす必要があるのではないか。
■ 必要とされる具体的な見通し
国民民主党の政策の最大の弱点は、それで成長率がどの程度高まり、どの程度の税収を生むのか、説明ができていないことだろう。基礎控除等の水準を引き上げる結果、財政赤字が急増する場合、国債市況の急落きかねない。長期金利の上昇を抑制するため、日銀が再び買入額を増やせば、円安が加速してインフレ圧力が強まるだろう。それは、名目上の手取りが増加しても、実質賃金の低下を招くことになる。市場を納得させる上で、政策による経済効果の説明は極めて重要だ。
黒田東彦総裁(当時)の下、2013年4月3、4日の政策決定会合で量的・質的緩和を採用した日銀は、昨年度までの11年間に長期国債の保有残高を91兆3千億円から585兆6千億円へ494兆3千億円積み増した。そのほとんどは、超過準備として日銀の当座預金に積み上げられている(図表3)。日銀はデフレを脱却するために歴史的緩和を続けたわけだが、極めて皮肉なことに、それはデフレだったから可能だったのではないか。
しかし、世界はインフレの時代に突入した。日本の財政、金融政策が緩和を続ければ、その歪んだ力は為替が円安になることで解放されかねない。
ちなみに、総選挙に際しての国民民主党の公約には、「国のふところを豊かにするのではなく、国民のふところを豊かにする」と書かれていた。2024年度当初予算の一般会計歳出は112兆6千億円だが、1994年度は72兆9千億円だった。30年前と比べ一般会計歳出は39兆7千億円増加しているが、歳出項目別では、社会保障費が24兆2千億円、国債費は13兆4千億円、この二項目で37兆6千億円増加した(図表4)。
国のふところは豊かどころか、「火の車」と言っても過言ではない。経済成長による税収増を減税の財源とするのであれば、具体的な想定を示し、市場の信認を得る必要があるだろう。
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