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- 2024年の新興国債券市場展望
2024年の新興国債券市場の展望について、ピクテの新興国債券投資チームがまとめました。
2024年の新興国債券市場:金融緩和が下支えとなる
2023年の新興国債券市場は、堅調な地合いで年末を迎えました。JPモルガンが算出する新興国債券指数(EMBI)の通年リターンは、グローバル債券指数(EMBI GB)が+11.1%、新興国国債指数(GBI EM)が+12.7%、新興国社債ブロード・ダイバーシファイド指数(CEMBI BD)が+9.1%となりました。魅力的な利回りとスプレッドの縮小が、米ドルやユーロ建て新興国債券の堅固な基盤となったことと、米国国債が年末の2ヵ月間、好調に推移したことが追い風になりました。地域別では、特に、中南米(ラテンアメリカ)各国の中央銀行が金融緩和に転じたことが市場の下支えとなりました。一方、新興国通貨は米ドルに対して強弱交錯の展開となり、通年リターンではコロンビア・ペソが+27%(スポットレート・ベース)となる等、ラテンアメリカ通貨が総じて堅調だった一方で、アルゼンチン・ペソは-78%(同)、トルコリラは-37%(同)と軟調でした。
2024年の新興国債券市場では、魅力的な利回りと中央銀行による金融緩和を背景とした値上がり益も見込まれると考えます。足元のバリュエーションを勘案すると、優良社債のスプレッドが一段と縮小する余地は限られるように思われますが、個別要因に基づく投資の好機が全くないと考えるわけではありません。世界経済は総じて緩やかな成長が見込まれており、新興国は先進国に対して高い経済成長が継続すると思われ、これが債券市場のパフォーマンスを支える要因になると考えます。
マクロ経済動向
米国経済については、減速下でのプラス成長が実現する「ゴルディロックス相場(適温相場)」シナリオと、米連邦準備制度理事会(FRB)の目標水準に向けたインフレの鈍化とが市場に織り込まれています。こうした見方は、社債スプレッドが、長期レンジのなかでは低水準にあることや、フェデラルファンド金利(FFレート)先物が年内に25ベーシスポイント(0.25%)の利下げを数回、織り込んでいることからも裏付けられます。
経済成長の頭打ち、インフレ、金利、米ドル動向等、重要な投資のテーマについての見方は概ね変わりません。2022年に強まったインフレ上昇の勢いは2023年中に失速し、年初には新興国で際立っていたインフレの鈍化が、下期には主要先進国にも広がりました。こうした傾向は2024年も継続する公算が大きいと考えますが、米国については、当面ゴルディロックスと(デフレ脱却後のインフレには至らない)リフレーションとの均衡が取れた状況が予想されます。後者のシナリオでは、力強い成長が続く一方で、インフレ鈍化の勢いが衰えるか、または反転する可能性もあり、実質金利が上昇するリスクも否めません。
米国のインフレについては、コロナ後の正常化局面が終わり、新しいサプライチェーンの混乱が顕在化するにつれて、食品とエネルギー以外のモノの価格が再び上昇する可能性があると考えます。サービス価格はもう一段の下落が予想されますが、(家賃の下落は、消費者物価指数(CPI)速報値に遅れを取っており)下落に転じるタイミングは不明です。米国の経済成長については、民間セクターの弱さは限定的と見ています。家計のバランスシートは堅固に見え、労働市場は引き続き底堅く、賃金は総合インフレ率の牽引役となって、力強いペースで上昇しています。こうした状況は、余剰貯蓄が減少するに連れて消費者信用の拡大を促し、経済成長に寄与すると考えます。
新興国債券および新興国通貨の先行き
新興国債券投資の今後1年から2年にかけての重要なテーマは、インフレ率が中銀の目標水準に向けて低下する中、政策金利が中立水準にまで低下する可能性があることです。今後は、実質政策金利がプラス圏に留まる一方で、需給ギャップは、概ね横ばいからマイナス圏で推移することが予想されます。
チリなど中立水準に向けた金利の低下がほぼ市場に織り込まれている国もありますが、特に中央銀行が金融緩和に転じていないようなその他の国では、足元の市場の価格付けよりも金利正常化の余地が大きい状況が散見されます。メキシコとインドネシアは、その例です。
アジアを除く新興国の利下げについては、利下げ開始時点の金融政策が引き締め気味の状況に留まることから、今後数ヶ月を通じてFRBの影響を大きく受けることなく、独立した経路を辿ることが予想されます。
最も期待される国の一つがメキシコです。2023年のGDP成長率は予想外に堅調で、こうした勢いが2024年内も続く公算が大きいと思われます。昨今話題のニアショアリング(近隣諸国への製造拠点の移転)の効果が、ようやく海外直接投資の増加という形で経済統計に反映され始めており、国内の大手銀行からは、企業向け与信の伸びの加速を裏付けるデータが発表されています。メキシコの実質金利は、新興国の中でも最も高い水準で推移しいる一方で、総合CPIは、2022年の9%から4.9%(2024年1月時点)に低下しています。こうした状況は、メキシコ銀行(中央銀行)が早ければ3月中にも利下げに転じる余地を残してしています。メキシコは長期的な観点でも有望ですが、現地通貨建てメキシコ国債と米ドル建て社債のバリュエーションは、現時点で最も投資妙味が強いと考えます。一方、メキシコ・ペソと米ドル建てソブリン債については、今後の動きを注視したいと考えます。
インドネシアでは、市場は金融緩和を殆ど織り込んでいませんが、インフレは抑制されていることから、今年後半には段階的な利下げが始まるものと見ています。足元の総合インフレ率は前年比2.6%、一方、基準金利は6%です。大統領選後の国内情勢に不確実性が強まる状況や、中央銀行が通貨の安定にも注力していることには留意が必要です。
米ドルの独歩高が続いた数年間は、米国資産の良好なパフォーマンスが際立ちましたが、世界経済の成長循環、市場のバリュエーション、米国資産に替わる投資の機会等が米国からの資金流出につながり、経常赤字を賄うために恒常的に必要な投資資金の流入を阻むことが予想されます。米ドルは、これまで8~10年の長期サイクルで推移してきており、長期の米ドル安サイクルが始まろうとしている可能性があるように思われます。
ピクテは相対的に高金利の通貨を選好しており、ラテンアメリカでは、メキシコ・ペソとブラジル・レアル、中欧・東欧、中東、アフリカ(CEEMEA)では、ポーランド・ズロチ、アジアでは、インドネシア・ルピアとインド・ルピーに注目しています。JPモルガンが、同社のGBI EM指数にインド国債の組入を決めていることから、インド国債、ルピーともに恩恵を受けることが期待されます。2024年6月末の組入開始以降は、パッシブ運用資産のリバランスに伴って、10ヵ月間で、200~250億米ドルの投資資金がインド市場に流入するものと思われます。
とはいえ、通貨が一本調子で上昇することは珍しく、また、米国経済が引き続き底堅く推移していることから、米ドルが当面は持ち堪える可能性も否めません。
利下げ局面が新興国通貨、とりわけ、資源国通貨のパフォーマンスを下押す可能性を懸念するのは、時期尚早のように思われます。金利の高止まりを勘案すると、ブラジル・レアル等の資源国通貨には貿易の縮小が必要条件になるかもしれません。
米ドル建てソブリン債
世界の信用サイクルは、経済の減速と金融引き締めが奏功する中でピークに近付きつつあると思われますが、新興国のバランスシートは堅固です。米ドル建てソブリン債において、相対的に高金利での借換えは段階的に行われることから、発行済み債券全体の平均金利が大幅に上昇するには時間がかかります。利払いコストは、2024年の名目GDP成長率を下回ることが予想されるため、対処が可能だと考えます。新興国のソブリン債は、ガーナ、ザンビア、スリランカ債等がすでに債務不履行(デフォルト)に陥り、ウクライナ債等がデフォルトを織り込んでいることから、金融引き締め局面は、すでに終盤に近付いていると考えます。バリュエーションや予想回収可能額を勘案すると、投資の好機が提供されていると考えます。2024年内の米ドル建てソブリン債のデフォルトは予想されません。
好調なパフォーマンスにもかかわらず、2023年には、新興国債券ファンドから約340億米ドルの資金が流出しましたが、2024年には流入に転じる可能性があると考えます。これは、実質利回りの安定基調が(1)低経済成長を背景に株式の投資妙味が薄れる中、デュレーションを延ばして短期金融商品から債券に資金を移したいと考える買い手や(2)利回り曲線上の全年限、とりわけ(生命保険会社等)長期年限を選好する投資家の資金を惹きつけると思われるからです。
投資適格債券や質の高いハイイールド社債(ティア1およびティア2)の堅固なファンダメンタルズは、概ねバリュエーションに織り込まれており、長期レンジで見ると、スプレッドは低水準にあると考えます。
足元の新規発行には投資妙味が散見されます。例えば、2024年1月上旬には、サウジアラビアが総額130億米ドルの国債を発行していますが、30年債の発行時点の利回りは5.9%と、信用格付け(A+)に対して魅力的です。サウジアラビアは、「ビジョン2030」に沿って、石油依存体質から脱却し、観光、娯楽、不動産業等の育成を通じた経済の多角化を図っています。その結果、2024年のGDP成長率は、3%前後に回復することが予想されます。また、GDPに対する政府債務比率は約26%と極めて健全な水準での安定推移が見込まれます。
国際通貨機関(IMF)等、国際機関からの資金調達が解禁されたことから、ディストレスト債(経営破綻や財務危機に直面する企業の債券)や債務再編に係る投資に最も価値があると見ています。関連証券の供給は限定的であり、2024年内に新たなデフォルトが起こる可能性は低いと思われます。
エジプトの5年物ユーロ債利回りは14%に近い水準で推移していますが、2024年1月末から2月にかけてIMFの代表団がエジプトを訪問したことは、経済支援プログラムの再開が間近であり、恐らく追加融資が行われる可能性を示唆しています。
ガザでの紛争と、観光収入、スエズ運河通航料、海外からの直接投資等の外貨収入源への悪影響は、エジプト経済の再建を左右する重要な要因で(エジプトはガザ紛争前から増額を要請しています)、約1年前に合意に至ったIMFの経済支援プログラム(実施期間:46ヵ月、融資額:30億米ドル)に追加して50~70億米ドルの融資が行われることが見込まれています。湾岸の出資国も、エジプトへの投資を増額する公算が大きいと考えます。
2023年5月に発足したナイジェリアのティヌブ(Tinubu)政権の施策は、より信頼性の高いマクロ経済の枠組みに基づいており、ナイジェリア中央銀行(CBN)との連携も強化されたように思われます。CBNは、通貨ナイラの公定レートを市場のレートと整合性の取れたものとし、民間銀行には、外貨で残高を持つことを禁じています。また、インフレ圧力に対処するため、急激な引き締めに着手する公算が大きいと思われますが、こうした施策はいずれも、海外投資家の信頼を増すはずです。
新興国社債
新興国社債のバリュエーションも、年初以降、スプレッドは縮小領域にありますが、(ソブリン債の場合と同様に)堅固なファンダメンタルズが市場を支えています。
化学や国際商品(コモディティ)等のセクターでは、利益率に下押し圧力がかかる一方で、消費財の一部、資本財・サービス、電気通信サービス等の各セクターでは、売上が好調であり、ファンダメンタルズは年初の底堅い状況から僅かに悪化したに過ぎません。
資金調達コスト上昇の影響は否めませんが、極めて健全な水準からの上昇であることが緩衝材となって、これまでのところ、影響は軽微に留まっています。また、2022年には金利・税金・減価償却前利益(EBITDA)の改善を受けて、インタレスト・カバレッジ・レシオが過去最高水準を更新しています。
新興国社債のデフォルト率は過去最高水準にあるものの、中国不動産セクターの極めて高いデフォルト率が、ようやく低下に転じ始めていることから、2024年には改善が見込まれます。中国不動産セクターを除いたデフォルト率は、2023年と同様、3%近辺で推移するものと見ています。
2023年下期には、ドル金利が高水準であるにもかからず、予想に反して、債券公開買付け、買戻し、期限前償還等が散見されました。依然として潤沢な手元資金が一因かもしれませんが、企業が、債券発行以外の資金調達源を見つけ、銀行融資や国内債券等、相対的にコストの低い手段に転じた可能性もあるように思われます。
外貨建て社債の発行残高が多い主要新興国の銀行システムは、堅固なファンダメンタルズを維持しており、銀行は国内企業に対する与信の拡大に総じて積極的です。
2024年中に満期が到来する債券については、対応が十分可能であるように思われます。年内には総額2,900億米ドルの社債が償還されますが、ハイイールド社債は(2023年とほぼ同額の)700億米ドル程度に過ぎず、少なくとも一部については、すでに対策が講じられています。発行市場の厳しい環境にもかかわらず、2024年満期の社債の発行体は、2023年中に総額190億米ドルの新発外貨建て社債をグローバル市場で発行すると同時に、約300億米ドルの社債を国内市場で発行しています。
図表3の通り、新興国企業のファンダメンタルズは米国企業に比べて堅固であり、投資家は一貫してカントリー・リスク・プレミアムを確保しています。
コモディティ・セクターは、2024年内に軟調な展開が予想されるセクターの一つです。当セクターは、足元、売上の伸び悩みが懸念されますが、債務比率や生産コストが比較的低いことが救いとなっています。もっとも、中小企業は向こう数四半期に渡って、販売価格に対する下押し圧力に幾分、苦戦することが予想されます。
2024年の世界の金融情勢は大幅に改善することが予想され、新興国中銀の金融緩和政策も市場を支えるものと考えます。
アジアの社債市場の中で、最も確信を強めている市場の一つがインドです。モディ政権は、「2030年までに再生可能エネルギー容量を現在の3倍にする」との目標を掲げていることから、再生可能エネルギーを重要な投資テーマとして注目しています。また、インド経済の力強い拡大の恩恵を享受する(銀行を除く)金融機関やインフラ関連企業にも注目しています。一方、マクロ経済も好調なインドネシアでは、電気通信銘柄や消費関連銘柄に投資妙味があると見ています。
メキシコの銀行、不動産、公益企業は、前述のニアショアリングやサプライチェーン再編の恩恵を受けています。また、一般的に、ラテンアメリカでは、長期契約に裏打ちされた予測可能で信頼性の高いキャッシュフローが公益セクターの魅力となっています(チリ、メキシコ、ペルー等)。ミレイ大統領就任後のアルゼンチンについては、慎重ながらも楽観的な見方をしていますが、公約の実行やハイパー・インフレーション等、様々なリスクが残ります。総じて、米ドル建てソブリン債は、社債よりも良好な投資価値を提供する一方で、変動性が高い傾向があることには留意が必要です。
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