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- 人的資本の活用
投資家は、各国の人的資本の成長見通しに着目することで、新興国市場の投資の機会を見極めることが出来ると考えます。
投資家は、資本の蓄積、借換、資本コスト、自然資本等、資本の動向を調べることに多大な労力を費やしています。しかし、寿命、教育、平等などの生活の質を表す人的資本も、経済の長期成長、ひいては、その延長線上にある投資パフォーマンスの重要な牽引役です1。
ピクテは、人的資本の成長余地が最も大きい場所を正しく認識することで高い収益を実現できると、豊富な調査に基づき確信しています。また、このことは新興国債券投資の場合に、とりわけ重要だと考えます。
もっとも、人的資本の開発について、まったく条件がないというわけではありません。人的資本の蓄積は、持続可能な環境の枠組みの中で行われる必要があるからです。持続不可能な開発は、将来世代の可能性を損なうことになりかねず、最終的に自滅すると考えます。
人的要因
人的資本は、それ自体が経済成長の重要な原動力になり得ます。天然資源には恵まれないものの、過去半世紀の間に、世界の最下位グループから最上位グループに上り詰めた、シンガポール、台湾、韓国の例を見てみましょう。3ヵ国の経済発展は、総じて人的資本の大幅な拡充に因るものです。対照的に豊富な天然資源に恵まれながら、人的資本の評価が低いために経済が停滞し、貧しいままの国も散見されます。
オランダ・エラスムス大学のバッカー教授(Arnold B. Bakker)は、2020年に発表した共著の中で、豊富な人的資本と強力なガバナンス(統治)が、国の生産性を測る全要素生産性(TFP)の改善に重要な役割を果たすことを指摘しています2。TFPが経済産出量の主要な推進力であることを勘案すると、高水準の人的資本は、一人当たりGDP(国内総生産)を伸ばすための鍵になると考えられます。経済理論と多くの研究から得られた経験知が、国の生産性に対する人的資本の重要性を裏付けています。
このことは、人的資本の様々な尺度で測っても、正しいことが分かります。例えば、ピクテの分析は、経済協力開発機構(OECD)が15歳児を対象に3年ごとに実施する「国際学習到達度調査」PISAの平均点3とTFPの間には強い相関関係があることを示唆しています。また、女性の出生時余命が著しく低い国にはTFPが低い傾向が認められます。発育不全により小児の体格が小さい国や栄養失調症の比率が高い国、男女ともに65歳以上の人口が全体に占める比率が相対的に低い国も同様です。
新型コロナウイルスのパンデミック(世界的大流行)が学生の将来性に及ぼした影響を見るだけで、人的資本の蓄積の僅かな変化がいかに大きな影響を及ぼすかが分かります。世界銀行は、新型コロナウイルスに起因する学習機会の損失によって、学生の将来所得の最大10%が失われる可能性があると予測しています。これは世界のGDPの約17%に当たります4。
国家の富
経済生産量と人的資本の関連性を考えると、人的資本の開発は、新興国が天然資源に過度の負担をかけることなく経済成長を実現するための重要な手段となり得ます。
過去の経済発展は、主に工業発展を原動力としたものであり、従って、資源面でのコストが嵩みました。主要先進国を例に取ると、最初は石炭、次は原油を使って産業を発展させ、大量の二酸化炭素を蓄積してきました。しかしながら、こうしたやり方だけが経済成長のモデルではありません。社会のデジタル化や技術の進化により、使用する資源量を大幅に減らした、資源集約度の低い方法で、経済生産量を増やすことが可能になるからです。ただし、最先端の技術を使いこなすにはスキルを身に着ける必要があり、従って、人的資本の拡充が不可欠です。
その他の分野では、技術革新により、すでに環境に配慮した「クリーンな」開発が行われています。一例として挙げられるのが、電気通信サービスです。携帯電話の登場によって、中・低所得国では、広域通信網の構築のために巨額のインフラ投資を行う必要がなくなっています。必要なのは、適切な場所に基地局を建設し、アンテナを建てることだけです。
主要先進国の多くが、プラネタリー・バウンダリー5(地球の限界)を超えて開発を進めてきたのに対し、新興国は社会基盤を改良し、人間の生産性を引き出すことで、持続可能な発展を遂げる可能性を秘めています。
施策の幾つかは、容易に成果をあげます。水質や衛生環境の改善は、疾病の削減に因り、小児の死亡率を低下させるだけでなく、ヒトの健康に劇的な効果をもたらします。子供に駆虫薬を飲ませるなどの簡単で安価な対策が、教育達成度の向上につながることが証明されています。教育と技能(スキル)、とりわけ女性徒の教育の向上は、生産性の改善の主要な推進力であり、女性の就労を促します。
生存率や出生時余命を伸ばし、栄養不足を減らすことは、人的資本の開発が求められる社会に不可欠の基盤です。次に、教育が重要な課題となります。小学校の就学率と卒業率を引き上げ、読み書きと計算能力を高めて、初等教育に留まらず、中等教育さらには高等教育が受けられる子供を増やすことです。教育は人生に不可欠のスキルを身に着ける助けとなり、そのことが、国の労働参加率の上昇と失業率の低下につながります。
変革の担い手
国民の福祉向上を約束し、その実現にむけて行動する指導者に率いられた安定した国家は、人的資本の開発に不可欠の土台です。健康と教育の両方に、大きく介入出来るかどうかは、政府支出の規模と政策次第ですが、政府の施策には民間セクターによる補完が必要です。企業は、インフラ開発、金融包摂、デジタル・インクルージョン、能力開発等を通じて、人的資本の構築に資することが可能です。
ピクテの新興国債券運用チームでは、投資のための指針として、人的資本開発の指標を用いており、人材開発面の格差を解決するための取り組みに大きな進展が認められる国へ、重点的に投資することを目指しています。
ピクテは、投資家として、リターンの獲得に最良な機会を見出すために、人的資本の伸びの余地が最も大きな地域を特定します。人的資本の開発の度合いを測定し、開発を促進するセクターが特定できるよう、特定の閾値を設定した一連の指標を用いて、格差を評価します。このことは、国の介入と人的資本の開発成果の定期的な評価を可能にします。この際、タイムラグを勘案する必要があるのは、介入には、比較的短期間で対価が得られるものも、数年を要するものもあるからです。
新興国国債市場で最初に特定するのは、健康、教育、スキルならびにインセンティブの開発格差です。目立った格差が存在しない国や、格差の是正が進んでいない国、環境を大きく損なわないとの原則を遵守できていない国は、投資対象から除外することが可能です。最後に、残りの国々が進めてきた施策を分析することが、開発不足を解消できる可能性があるかどうかの判断を助けます。ここでは、定量分析と定性分析を併用し、政策意図の強さ、国連の持続可能な開発目標との整合性、ならびに政策執行についての評価を行います。
「これまで投資の機会としてみなされることのなかった人的資本は、対価が得られる可能性を秘めています。」
特に興味深いのが、アンゴラの例です。アンゴラには一見したところ、大きな開発格差があるように見えますが、豊富な天然資源の他にも大きな可能性を秘めた国です。一つは、世界でも有数の出生率で、15歳以下の人口が国の人口全体の半数近くを占めていること、また、政府が、石油依存経済からの脱却の必要性を認識していることです。国連の持続可能な開発目標を達成するには、GDP比の政府支出を教育で8.3%、ヘルスケアで5.7%、水と衛生施設で2.1%、増やす必要がありますが、これが実現できれば、人的資本の大幅な拡充、ひいては経済の多角化に資することになると考えます。また、特に、再生可能エネルギーの分野では、気候変動に強靭な投資の機会を開拓し、人口の配当を活用することも可能になると考えます。
一方、国の状況を見るだけでよいというわけではありません。民間企業は金融包摂の促進等を通じて、人的資源の開放を助け、社会に貢献することが可能です。特定分野に存在する大きな格差の評価と測定も必要です。モノやサービスについては、入手のしやすさ、手頃な価格、質などを考慮しつつ、金融、電気通信、インフラ、公益、ヘルスケア、教育等、人的資本のあらゆる分野に残る開発格差の確実な是正を促す活動が必要です。
金融を例に取ると、最初の一歩は、銀行口座を持っている人口の割合を把握することで、次に、個々の金融機関の口座名義を調べ、サービス拡充の余地があるかどうか、金融サービスの普及のために銀行は何をしているか、どのくらいの進展があったか等を確認することです。有望な投資対象候補となり得るのは、多様な市場をターゲットとしているために多様な顧客を持ち、遠隔地域や十分なサービスを受けていない地域を対象とした事業展開を可能とする技術的ソリューションを持ったリテール・バンク(小口取引特化の銀行)だと考えます。
こうして好循環が生まれます。企業は、人的資本を重視することで、事業を展開する国の経済の繁栄に寄与し、そのことが、事業の機会を増やすと同時に民間セクターの収益を拡大させることにつながります。これまで、投資の機会としてみなされることのなかった人的資本は、対価が得られる可能性を秘めています。
本稿は、ピクテ・アセットマネジメント 債券サステナビリティ・アナリスト、アマナ・シャベール(Amana Shabeer)が寄稿しました。
「1」私たちは、ゲイリー・ベッカー(Gary Becker) や世界銀行が定めた定義に沿って、人的資本を健康、知識、技能、インセンティブの蓄積として認識しています。
「2」バッカー教授(Bakker)共著「The Lack of Convergence of Latin-America Compared with CESEE: Is Low Investment to Blame?」 IMF Working Papers, 2020年6月
「3」これは、テストと採点を通じて、世界中の15歳の学力達成度を比較するものである。
「4」https://www.worldbank.org/en/news/feature/2021/10/27/taking-a-comprehensive-view-of-wealth-to-meet-today-s-development-challenges
「5」 ストックホルム・レジリエンス・センターは、9つの「惑星境界線」を定義した。これらには、淡水の利用、気候変動、生物圏の完全性の変化、オゾン層の破壊、海洋酸性化、土地システムの変化、生物地球化学の流れなどが含まれる。
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