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GLP-1:人類にとってのチャンスと大手製薬会社にとってのリスク
2025/01/07

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概要

新しい肥満症治療薬は世界の医療危機を緩和する一方で、世界最大手の製薬会社を脅かすかもしれません。



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肥満症が世界の主要な死因の一つであるにもかかわらず、その他の疾病や自然災害とは異なり、ほとんどニュースの見出しにならないことは、社会の慢心を示唆しています。肥満症には手立てがないという見方が社会に受け入れられてしまったのでしょうか?かつてはそれが正当化できたかもしれませんが、様々な既存薬の新しい適応拡大に関する認識が高まる中で、現状に対する挑戦があり、医療に革命をもたらす可能性があると考えます。

その主な例は心血管疾患(CVD)で、年間約1,790万人の死亡原因となっていると推定されていますが1、その大半は予防可能と考えられています。また、すぐに行える予防対策には、行動改善、適切な健康管理、危険因子を標的とする治療などが挙げられます。

肥満症にはこれら3つの対策のすべてが有効です。成人の約43%が太り過ぎで、世界全体では10億人以上が肥満症を患っており、1990年以降の肥満発生率は成人の場合は2倍以上、子供と青少年の場合は約4倍に増加しています2



かつては、不健全な食生活と生活習慣が心血管疾患と関連しているとの見方が一般的でしたが、その後、太り過ぎと心臓病には直接的な関係があることが明らかになってきました。食習慣と糖尿病が危険因子であることには変わりありませんが、肥満症と心臓病の関係は、これまで考えられていた以上に直接的であることが分かっています。

従来の減量薬には、有効性の水準が様々であるという問題があり、安全性への懸念から服用が控えられてきました。実際、従来の見解では肥満は薬物治療できる病気とは見なされていなかったため、そうした認識の変化は重要な進歩です。例えば、米国と中南米各国では、食欲抑制効果のあるフェンテルミン (phentermine)とトピラマート(topiramate)の併用による体重管理が承認されていますが、患者は心拍数とクレアチニン値を注視する必要があります。

GLP-1の夜明け

幸いなことに、元々は高血糖症治療薬として使われていた何種類かの薬の減量薬としての潜在効果が注目され始めています。これは、グルカゴン様ペプチド1 (GLP-1) 受容体作動薬と言われる薬で、食後のブドウ糖の吸収を助けることから、当初は糖尿病患者を対象とした治験を経て、当局の承認を受けました。その当時、専門家は、この治療の副作用として、食物が胃にとどまる時間が長くなるため、食欲が抑えられることを知っていました。

GLP-1受容体作動薬が米食品医薬品局(FDA)に初めて承認されたのは2005年のことですが、広く使用されるようになったのは、太り過ぎまたは肥満症の患者を対象とした治験で良好な結果が得られた2021年になってからのことです。セマグルチド(semaglutid)を、週1回、68週間投与された患者グループの体重の平均変化率は-14.9%、一方、プラセボ(placebo:見た目や味は薬と同じで薬効成分を含まないもの)を投与されたグループの場合は-2.4%でした3。その後、2023年8月には5年間にわたる治験結果から、セマグルチドが脳卒中や心臓発作などの主要心臓疾患や、太り過ぎまたは肥満症の成人心臓病患者の死亡を20%減らすことに寄与したことが明らかになりました4

これは、セマグルチドの投与を伴う治療が、2型糖尿病患者を除いて重篤な心疾患の発生を予防する可能性があることを示した最初の研究結果です。

セマグルチドは、糖尿病を完治することはないとしても、医学の大きな進歩であり、毎年何百万件かの心疾患に起因する予防可能な死亡を劇的に減らす助けとなる可能性があります。

- ピクテ・オルタナティブ・アドバイザーズ、プライベート・エクイティ部門プリンシパル・テーマティクス、ヤン・モーロン(Yann Mauron)


2024年2月には、肝疾患治療薬候補スルボデュチド(Survodutide)が、代謝性機能不全関連脂肪肝疾患(MASH)に有効であることを示唆する治験結果が発表されています。MASHは、肝臓に蓄積された過剰な脂肪が、肝不全あるいは肝がんを引き起こす可能性のある病気です。

GLP-1 受容体作動薬の効果は、心臓病や代謝機能不全に限られません。アルツハイマー病やパーキンソン病など、炎症を特徴とする脳疾患の治療に効果があることを複数の科学者が証明しています。セマグルチドを開発したノボ・ノルディスク(デンマーク)は、2021年以降、1,800人以上の患者を対象に臨床試験を行っています。

現在、当局の承認を受けているGLP-1受容体作動薬は、リラグルチド(liraglutid)、セマグルチド、チルゼパチド(tirzepatid)の3つだけですが、様々な症状への効果を見て、当然、投資家の関心も高まっています。世界中の何百万人もの患者の苦痛を和らげることができる革新的なヘルスケア事業について、このような評価を受けるのは、素晴らしく、また当然の結果と言えるでしょう。さらに、現行の治療薬よりも副作用が少なく、減量の効果が大きい薬の開発を目指して、競合他社の参入が相次ぎ、市場が広がっています。

広範な影響

肥満症治療薬以外の場合はどうでしょうか?
心臓病治療薬は、これまで大手製薬会社の生命線でした。血液中のコレステロール値を下げるリピトール(Lipitor)は、年間120億米ドル以上の利益をあげた時期もあり5、かつてブロックバスター(画期的な効能を持ち、開発費を圧倒的に上回る利益を生み出す新薬)だったスタチン(statin:血液中のコレステロール値を低下させる薬)は、2011年に米国の特許が切れた後も、世界市場で数10億米ドルの売上を計上しています。製薬大手は、480億米ドル規模の心臓病治療薬市場を再度活性化させるために、自社開発の新薬に期待していると伝えらえています。

これは心臓病の発生を減少させることによる二次的効果の一つに過ぎません。別の側面として、製薬会社にとってはマイナスでも、医療を受ける側にとってはプラスに影響をもたらす可能性があります。

政府、医療保険会社、患者の全てが、肥満症治療のための高額な支払いを回避できれば、多額の資金を他の疾患にあてることができるでしょう。

- ピクテ・オルタナティブ・アドバイザーズ、プライベート・エクイティ部門プリンシパル・テーマティクス、ヤン・モーロン(Yann Mauron)


肥満症や心臓病等の公衆衛生上の緊急事態が増えることによる社会の負担も勘案する必要はありますが、GLP-1受容体作動薬が高額であることを考えると、残念ながら、多額の支払いの回避が短期間で実現する公算は小さいように思われます。もっとも、長期的には、特に特許が切れてジェネリック医薬品(後発医薬品)が利用できるようになれば、価格の安い治療薬が手に入ると思われます。

同様に、これらの潜在的な利点が保証されているわけではありません。以下の課題を検討することが不可欠です。

1  慢性疾患治療の有効性と持続性

持続可能な減量を促す一貫した有効性は、服用結果の個人差が大きいため、未解決の課題です。初めは減量出来ても、減らした体重が増えてしまうリバウンドを経験する人は少なくありません。

2  費用対効果

現時点では減量薬が高額であることが普及を阻んでいます。手頃な価格で入手出来るかどうかが重要です。治療薬が手頃な価格で提供されている欧州でさえ、現在の生産能力が制約となっています。

3  生活習慣に関する要因

肥満症や心臓疾患、肝臓疾患などを減らすことは、食生活や運動など、個人の生活習慣の改善も不可欠です。セマグルチドのような薬剤は、通常、生活習慣の改善と併せて服用した場合に最も効果的です。

4  医療制度

体重減少薬の有効性は、医療インフラ、医師の指示に従った薬の服用、医療政策等によって異なる可能性があります。

5長期データ

一般集団において、セマグルチドが肥満症や心臓病を減らすことに長期的に効果をあげるかどうかについての研究は現在も続けられており、これらの治療において筋肉量の維持は重要な要因です。

とはいえ、こうした警告は、患者、医師、政策立案者、投資家の楽観的な見方を否定してはならないと考えます。GLP-1受容体作動薬の発見は、広範囲の技術革新(イノベーション)とポジティブな変化の可能性ならびに製薬会社にとってのリスクの双方を浮き彫りにしています。ヘルスケア業界は常に現状を打破してきましたが、ピクテは今後も彼らを支援していきたいと考えます。


1 Source: World Health Organization, May 2024
2 Source: World Health Organization, May 2024
3 Source: https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/33567185/4
4 Source: https://www.bmj.com/content/383/bmj.p2668
5 Source: https://pubs.acs.org/doi/10.1021/acsmedchemlett.8b00579
6 Source: Wall Street Journal, “Drugmakers Hope New Heart Drugs Boost Sales, Revive Market”, July 2022



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