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バイデン政権下の米中関係
市川 眞一
2021/01/19

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Silhouette of the Washington Monument at sunset in DC

概要

ジョー・バイデン次期政権に関して注目されることの1つは対中政策だろう。新型コロナ禍が顕在化する昨春まで、トランプ大統領は貿易不均衡の是正以外に強い興味を示さなかった。むしろ、ジョージ・ブッシュ、バラク・オバマ両大統領が中国の台頭を抑える上で重視したTPPから離脱、米国の対中政策は一貫性を欠いた感が否めない。一方、中国は高い経済成長を維持するなかでIT技術の研究・開発を進め、「一帯一路構想」やデジタル人民元により国際社会における存在感を高めようとしている。1980年代に鄧小平氏が始め、現在の指導者にも継承されている改革・解放の目標は、経済力、軍事力、外交力により長期的に覇権国を目指すことではないか。バイデン次期大統領は、中国によるIT技術の開発にブレーキを掛けるべく、華為などへの厳しい姿勢を続けるだろう。ただし、米ソ冷戦時代と比べ米国と中国の相互依存関係は格段に強まっている。従って、米国は中国との決定的な対立回避を目指す可能性が強い。経験豊富な政治家であるバイデン次期大統領は、国際社会における中国のプレゼンス拡大を抑止しつつ、中国が人口減少と高齢化に直面する2030年代を待つことが予想される。



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2019年における中国の名目GDPは14兆3,430億ドルであり、米国の21兆4,330億ドルに対して3分に2だった。しかしながら、IMFによれば、購買力平価ベースだと2017年に中国の経済規模は既に米国を上回り、その差は開く傾向にある。人口が異なるため、2020年時点での中国の国民1人当たりのGDPは購買力平価ベースでも米国の4分の1強に過ぎない。ただし、規模の面における中国の成長は著しいものがあると言うべきだろう。

 

企業によるIT部門の研究開発費は、購買力平価ベースで2017年に米中が並んだ。一般的には、R&Dの成果は投じた費用に比例するため、米国は競争力維持の観点から看過できない状況と言える。特に、中国は国営企業が各産業の中軸を占めている。米国としては、公正な競争条件とする上で、官民を挙げて中国に対し是正を求めざるを得ないだろう。

 

2018年、米国の対中貿易赤字は4.190億ドルに達して過去最大になった。これは、同年における米国の貿易赤字の48.0%を占めている。特に2012年に259億ドルに達していた米国の対中農産物輸出は、2018年に91億ドルへと落ち込んでいた。米国の農村地帯は共和党の厚い支持層だけに、トランプ政権にとっては頭の痛い状況だったと言えるだろう。

 

トランプ大統領は、2018年7月6日に対中通商制裁第1弾を発動、その後も矢継ぎ早に制裁措置を実施した。2016年の大統領選挙で対中不均衡是正を訴えた同大統領は、自らの再選を賭けた2020年の選挙前に成果を挙げる必要があったと考えられる。結局、2019年12月13日、米中両国はお互いに譲歩するかたちで第1弾の貿易協定で合意した。

 

2019年の米国の国際収支は、経常収支が4,865億ドルの赤字、金融収支は3,955ドルの黒字(資金流入)だった。米国は国内生産より多くを消費し、基軸通貨ドルを通じて世界の金融市場から赤字分を調達しているわけだ。これは米国の強さを象徴しており、貿易収支の赤字は必ずしも「悪」ではない。むしろ、中国は、米国型経済構造への転換を目指しているだろう。

 

中国の脅威は、将来、同国が「世界の工場」から「世界最大の消費市場」へ構造転換し、世界中から財貨を購入して国際的な発言力を強化することだろう。ブッシュ、オバマ両大統領はTPPを推進し、APEC全体の経済ルールとすることで、中国に経済改革を迫ろうとした。しかし、トランプ大統領は就任日にTPP交渉から離脱、米国は対中戦略の軸を失ったのである。

 

中国の弱点の1つは、2030年代から進む急速な人口減少と高齢化だ。この対応を誤れば、中国の潜在成長率は急激に低下しかねない。バイデン次期大統領がTPPへの早期参加を決めることは難しいが、時間を稼ぐ必要がある。そのため、華為などへの厳しい措置を継続する一方、国際機関の活用、日韓など同盟国との関係再構築で中国を牽制するのではないか。

 

米中の緊張感が米ソ冷戦と異なるのは相互依存関係だ。米国は中国に民間航空機を売り、消費財を購入して経済を安定させてきた。また、レアアースの生産で中国の世界シェアは60%を超えており、米国といえども同国への依存を脱却することは難しい。米中両国の相互依存関係は、ここ20年程度の急激な変化であり、双方に対話を迫る抑止力と言えるだろう。

 

長期的に考えれば、中国は覇権国化を目指し、米国はそれを阻止しようとする時代に突入したと言える。これは、世界を2つのブロックに分断する力だが、米ソ冷戦との違いは米中両国の相互依存関係ではないか。中国経済の規模は極めて大きく、その動揺は米国を含めて世界経済に大きな影響を与えることになりかねない。バイデン政権は、中国の人口減少・高齢化が本格化する2030年代まで、中国の力が強くなり過ぎないよう手を打つことが予想される。それは、米中の決定的な対立を避けつつ、時間を稼ぐ道を選ぶ道と言えそうだ。


市川 眞一
ピクテ・ジャパン株式会社
シニア・フェロー

日系証券の系列投信会社でファンドマネージャーなどを経て、1994年以降、フランス系、スイス系2つの証券にてストラテジスト。この間、内閣官房構造改革特区評価委員、規制・制度改革推進委員会委員、行政刷新会議事業仕分け評価者など公職を多数歴任。著書に『政策論争のデタラメ』、『中国のジレンマ 日米のリスク』(いずれも新潮社)、『あなたはアベノミクスで幸せになれるか?』(日本経済新聞出版社)など。


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