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雇用ひっ迫による米国のインフレ圧力
市川 眞一
2021/12/14

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概要

原油など資源価格に加え、米国では労働需給のひっ迫により賃金が上昇、インフレ圧力が強まっている。新型コロナ禍から経済が回復するなかで、求人と求職者の職能、希望のミスマッチがその一因と言えるだろう。また、米国においても生産人口の高齢化が進み、新型コロナ禍を通じて労働市場から去る人が増えつつある模様だ。結果として非労働力人口が増加、米国経済は構造的な人手不足に直面している。先進国の場合、賃金の動向は消費者物価と強い相関性が指摘されてきた。米国では、労働需給がひっ迫していることから、事業主は人員確保のため賃金を上げざるを得ない。それが製品やサービスの価格に転嫁されると、実質賃金は目減りする。結果として労働者はより高い賃上げを求めることから、賃金と消費者物価はスパイラルの上昇局面となるのだろう。足下、市場が織り込んでいる期待インフレ率は2.5%程度であり、インフレ率との乖離が非常に大きくなった。それは、マーケットがFRBの見方と同様、インフレを一過性と判断していたからではないか。しかしながら、FRBは物価上昇の長期化を示唆するようになった。労働市場の需給ひっ迫がインフレを加速させると見ているからだろう。



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11月の米国雇用統計によれば、平均時給の上昇率は10月と同じ前年同月比4.8%だった。昨年前半の急上昇は、新型コロナ禍により相対的に低い賃金の労働者が一時解雇されたことが要因だったが、その反動が一巡した後は、労働需給のひっ迫が賃金を押し上げている。週平均労働時間も高止まり傾向であり、米国経済は労働力不足に直面している模様だ。

 

11月の失業率は前月に比べ0.4ポイント低下して4.2%だった。過去50年間の平均は6.3%、標準偏差は1.7ポイントであり、足下は平均から1標準偏差以上下方に乖離した状況にある。つまり、米国の労働市場は完全雇用に近付きつつあるわけだ。新型コロナ禍は、経済・社会の構造転換を促すことで、むしろ中期的には労働市場のひっ迫要因になったと言えるだろう。

 

米国で雇用がひっ迫している要因の1つは、求人と求職者のミスマッチではないか。10月の産業別求人は1,103万人に達し、2019年12月より430万人多い。一方、11月の非農業雇用者数は新型コロナ前の水準を331万人下回っている。この求人と求職者がマッチングできれば、雇用の需給は概ね均衡するが、職能や希望のギャップを埋めるには一定の時間が必要だ。

 

米国において15~64歳の生産人口に占める55歳以上の比率は、1996年に12.5%だったが、2020年には19.9%へと大きく上昇した。米国でも急速に高齢化が進みつつある。一方、新型コロナは基礎疾患のある中高年が重症化し易く、この年齢の高い層の早期引退が加速している。その結果、経済が正常化へ向かうなか、米国は構造的な労働力不足に直面した。

 

OECD加盟国において、2001~20年までの20年間における平均賃上げ率と消費者物価上昇率を比べると、統計的に正の相関関係が認められる。つまり、先進国においては、賃上げ率が高い国の場合、消費者物価上昇率も高水準となる傾向があるわけだ。先進国では人件費率の高いサービス産業のウェートが大きく、賃金が販売価格に転嫁され易いからだろう。

 

米国では、1980年代後半以降、賃金上昇率が安定傾向になった。その結果、コア消費者物価も落ち着いた動きを続けている。しかし、新型コロナ禍を契機に様相は一変した。雇用がひっ迫しており、事業主は労働力確保のため賃金を上げざるを得ない。それが価格転嫁されて消費者物価が上昇すると、労働者はより高い賃金を求めるサイクルに入ったようだ。

 

インフレ連動債と10年国債の利回りから算出した市場が織り込む期待インフレ率は、実際の消費者物価上昇率に12ヶ月程度先行する性質がある。もっとも、足下、期待インフレ率は2.5%程度の推移であり、消費者物価上昇率との乖離が生じた。市場はインフレ圧力を一過性と見ている模様だが、賃金上昇によりその見方を修正する場面があり得るのではないか。

 

11月30日、上院銀行委員会で証言したFRBのジェローム・パウエル議長は、従来の「インフレは一過性」としてきたFRBの見解を実質的に修正した。特に労働需給のひっ迫による賃金上昇の可能性を指摘している。これは、FRBのスタンスがインフレ警戒型に転換しつつあることを示すだろう。2022年前半にテーパリングを終え、年央までに利上げが行われる可能性がある。

 

米国においては、エネルギー関連など資源価格の上昇だけでなく、インフレの温床として労働需給のひっ迫に焦点が当たりそうだ。賃上げと物価上昇のスパイラルに入ったとすれば、長期にわたってインフレ圧力が続く可能性は否定できない。FRBはテーパリングの加速、利上げなどの措置により、物価上昇をけん制する見込みだが、引き締めが行き過ぎれば景気が失速しかねないため、思い切った措置は採り難い。市場が織り込む期待インフレ率を見る限り、まだマーケットは本格的インフレをメインシナリオとはしていない模様だ。その修正を余儀なくされるとすれば、マーケットの反応が大きなものとなる可能性があり、十分に注意が必要ではないか。


市川 眞一
ピクテ・ジャパン株式会社
シニア・フェロー

日系証券の系列投信会社でファンドマネージャーなどを経て、1994年以降、フランス系、スイス系2つの証券にてストラテジスト。この間、内閣官房構造改革特区評価委員、規制・制度改革推進委員会委員、行政刷新会議事業仕分け評価者など公職を多数歴任。著書に『政策論争のデタラメ』、『中国のジレンマ 日米のリスク』(いずれも新潮社)、『あなたはアベノミクスで幸せになれるか?』(日本経済新聞出版社)など。


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