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ウクライナ危機後の世界
市川 眞一
2022/04/05

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概要

ロシア軍のウクライナ侵攻開始から1ヶ月以上が経過、トルコの仲介による停戦交渉が始まった。ただし、クリミア半島やドネツク、ルガンスク両州の領有権についてウクライナが譲歩する可能性は低く、交渉の先行きは不透明だ。仮に停戦になれば、原油や天然ガス価格が下落、国際金融市場はインフレ圧力の緩和を好感してリスクオンの状態になると見られる。もっとも、ウラジミール・プーチン大統領の治世が続く限り、ロシアが国際社会や市場へ本格的に復帰するのは難しいのではないか。主権国に対する重大な侵略行為への制裁が長期化する上、西側諸国は安全保障上の観点からエネルギーや希少資源の調達に関しロシアへの依存度を下げざるを得ないだろう。中国はロシアとの取引を拡大するだろうが、ロシア側には買い叩かれるリスクが、中国側にはロシアに依存し過ぎるリスクがある。米国のジョー・バイデン政権は環境問題からシェール開発への規制を強化してきたものの、今後は増産を後押しする見込みだ。また、石油・天然ガスの増産余力がある中東は、存在感を高める可能性が強い。いずれにしても、世界の分断は進み、西側を代表するG7に対し、中国は新たな枠組みを模索するだろう。



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ウクライナへの侵攻に当たり、プーチン大統領は停戦に4つの条件を挙げた。その前提は、ウォロディミル・ゼレンスキー大統領が退陣、ロシアの傀儡政権が樹立されることだったのではないか。ウクライナ側はNATOへの加盟見送りは受け入れる見込みだが、クリミア半島を含む領土に関しては一切の妥協を拒絶している。停戦交渉が長期化する可能性は否定できない。

 

ウクライナと停戦で合意した場合でも、主権国を侵略したロシアが国際社会や市場に復帰するまでには相当の時間を要するのではないか。ロシアは天然ガスの純輸出量ではシェア40%、石油輸出量はサウジアラビアに次ぐ世界第2位の資源大国だ。また、パラジウム、ニッケルなど希少資源の生産量も多い。その資源供給が滞れば、世界のインフレ圧力は強まるだろう。

 

天然ガスに関して、EU加盟国のロシアへの依存度は42%に達する。ウクライナ侵攻に関する制裁措置に加え、欧州の安全保障を強化する観点でも、ロシアからの資源調達は段階的にせよ低下させざるを得ないだろう。それは天然資源の乏しい日本も同様だ。ウクライナ危機を背景として、エネルギー安全保障は地球温暖化抑止と並ぶ最重要課題の1つに浮上した。

 

日本やEUが資源に関するロシアとの取引を縮小する場合、権益の獲得も含めて中国がロシアからの輸入を拡大するとの見方が多いようだ。もっとも、ロシアにとり、中国に偏った取引は買い叩かれる可能性が強い。一方、中国にとってロシアへの依存度が高まり過ぎると、ロシア側に2国間関係の主導権が移りかねない。両国の利害はかならずしも一致しないのではないか。

 

国際市場におけるロシアのプレゼンスが大きい石油や天然ガスは、景気動向により需要が大きく左右される。世界経済が新型コロナ禍を乗り越え、新たな成長過程に入る上で、当面、エネルギー需要は拡大せざるを得ないだろう。そうしたなか、ウクライナ危機が勃発し、西側諸国はロシア産燃料の調達を縮小せざるを得なくなった。価格の高止まりは避けられそうにない。

 

ロシアからの燃料輸入量を縮減する上で、代替調達先として注目されるのは、シェールガス・シェールオイルを産出する米国、そして伝統的な化石燃料の産地である中東だろう。ただし、過去10年間、サウジアラビアなどはロシアと連携して原油価格の安定に腐心してきた。西側が中東との関係を修復するには、高値による調達を容認せざるを得ないと考えられる。

 

安全保障理事会の常任理事国である国連以外、ロシアが参加している主な国際的枠組みはG20だ。ただし、国連総会で投票権を持つ19ヶ国のうち、G7を中心に15ヶ国がウクライナ危機に関してロシアを批判する2本の決議に賛成した。今年11月にはバリ島で首脳会議が予定されているものの、プーチン大統領が出席する場合、多くの国が参加を見送る可能性が強い。

 

ウクライナ危機では、国連安保理が機能せず、G7がNATOと共に西側諸国の意思決定の主役となった。一方、ロシアのみならず中国がメンバーであるG20に目立つ動きはない。G20が休眠状態になれば、中国はG7に対抗して新たな枠組みを模索する可能性がある。ウクライナ危機が停戦に至っても、米中対立を軸とする国際的な分断の傾向はむしろ強まるだろう。

 

世界最大級の資源国であるロシアが国際市場から切り離される場合、原油、天然ガスなどの価格は高止まりすることが予想される。ウクライナ危機が停戦に至ったとしても、米中対立を軸とした地域紛争、資源の争奪戦が激化、サプライチェーンの分断により世界的なインフレ傾向は続くのではないか。また、外交・安全保障面では、国連安保理が機能しないなかで、西側を代表するG7に対し、中国が新たな枠組みを作ることが考えられる。1991年12月の旧ソ連消滅以降、世界は米国主導の下で市場の統合を進めてきた。しかし、新型コロナ禍とウクライナ危機を契機として、その体制は大きく変容、世界は分断とインフレの時代に突入する模様だ。

 

 


市川 眞一
ピクテ・ジャパン株式会社
シニア・フェロー

日系証券の系列投信会社でファンドマネージャーなどを経て、1994年以降、フランス系、スイス系2つの証券にてストラテジスト。この間、内閣官房構造改革特区評価委員、規制・制度改革推進委員会委員、行政刷新会議事業仕分け評価者など公職を多数歴任。著書に『政策論争のデタラメ』、『中国のジレンマ 日米のリスク』(いずれも新潮社)、『あなたはアベノミクスで幸せになれるか?』(日本経済新聞出版社)など。


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