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中国 ゼロコロナ政策の行方
市川 眞一
2022/12/06

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概要

中国では、ゼロコロナ政策が岐路に直面している。新型コロナの新規感染者が発生した地区を封鎖する手法は、住民生活への打撃が極めて大きいだけでなく、経済成長を阻害している。北京や上海では異例の抗議行動が報じられていることから、習近平政権への国民の不満が堆積している状況が窺われるようになった。米欧主要国、そして日本、韓国などが「with Corona」を前提に社会・経済活動の正常化を目指すなかで、中国の特異なゼロコロナ政策は限界が近付いているだろう。ただし、これまで新型コロナの新規感染を抑え込んできたことにより、集団免疫とは程遠い状況にある。さらに、中国製のワクチンはオミクロン型への効果が薄いとの研究論文が相次いだ。この状態でゼロコロナ政策を修正すれば、少なくとも一時的に感染の急拡大が医療供給体制に大きな負荷を掛ける可能性は否定できない。また、習近平体制に傷を付けず、政策の見直しを行う必要もある。本格的なゼロコロナ政策からの脱却は、国務院の人事が行われる来年3月以降なのではないか。



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■ ゼロコロナ政策にも関わらず感染者は拡大

ゼロコロナ政策によるもぐら叩きのような地域の封鎖は、住民に極めて不自由な生活を強いる上、経済的なダメージが極めて大きい。北京や上海などの主要都市においては、異例の抗議行動が報じられるようになった。それでも、新規感染者は急増している。つまり、副反応の大きなこの政策は、最早、行き詰まりが明らかになりつつあると言えるだろう。政策変更のタイミングが近付いているのではないか。


 

■ ゼロコロナ政策により経済に大きなダメージ


IMFによる最新の見通しによれば、中国の実質成長率は、2022年が3.2%、2023年は4.4%と予測されている。世界が新型コロナ禍に見舞われた2020年は2.2%だったが、この極めて異例な年を除けば、過去20年間で最も低い水準に他ならない。米欧諸国、日本など主要国が”with Corona”を前提に社会・経済の正常化を目指しているのに対し、中国は大きなハンディキャップを背負った感が強い。

 


■ 中国の感染者の率は国民の0.2%に過ぎない

仮にゼロコロナ政策を修正する場合一定期間、感染者の急増を覚悟すべきだろう。その場合、問題は中国の社会的免疫力だ。これまでの感染者は累計で353万人、対人口比率では0.2%に過ぎず、日本の19.3%、韓国の52.5%を大幅に下回る。ゼロコロナ政策が奏効してきた結果とも言えるが、この状態で政策の方向を転換した場合、社会・経済が一時的に混乱する可能性は否定できない。


 

■ 中国のワクチン接種は5月頃から失速


中国において3回目のワクチン接種を終えた人の比率は56.8%になった。一方、日本の場合、3回目の接種を終えた人が66.9%、4回目38.4%、5回目は6.6%である。合計すると、3回以上の接種を受けた人はのべ110%を超え、主要国では最も高い。この日本の例を除けば、中国におけるブースターショットの接種率は主要国並みであり、本来は感染、重症化の抑制に一定の効果が期待できるはずだ。

 


■ 中国製ワクチンはオミクロンへの効果が小さい

今年1月、ドミニカ共和国の保健省が、シノバックのワクチンを2回接種しても、オミクロン型への効果が得られないとの研究結果を発表した。また、シノファーム製についても、国際的な医学誌に同様の論文が発表されている。その結果、中国製ワクチンの国外への供与量が大きく減少、中国国内においても接種率の上昇が止まった。中国におけるワクチンの防疫効果には限界があると考えるべきだろう。


 

■ ゼロコロナ政策により経済に大きなダメージ


10月の共産党第20回党大会で総書記として3選された習近平国家主席だが、これまで特に目立つ実績を挙げてきたわけではない。例えば、任期中の経済成長を見ると、胡耀邦・趙紫陽時代から年率10%を超える成長率が続いてきたものの、習主席の治世では6%に止まっている。もちろん、経済規模の違いはあるが、習近平時代は、中国経済が高度成長期から安定成長期へ移行する過渡期と言えそうだ。

 

■ 新任は4人でいずれも習近平総書記側近

共産党大会における人事において、同党の最高指導部である中央政治局常務委員会は、全員が習近平総書記に近い人物で固められた。これは、習氏の権力基盤が盤石であることを示す以上に、成功も失敗も全ての結果責任が同総書記に帰する可能性を示唆している。習総書記にとって、3期目における最初の大きなチャレンジが新型コロナ対策であることは間違いなさそうだ。

 

■ 国務院の人事は来年3月の全国人民代表大会(全人代)

10月の共産党大会で決まったのは、あくまで共産党の指導部だ。行政府である国務院(内閣)の人事が行われるのは、来年3月の全国人民代表大会(全人代)である。新たに中央政治局常務委員に昇格した李強氏が首相に就任した直後が、ゼロコロナ政策の転換を図る上で最も可能性の高いタイミングと言えるだろう。行政府の人心が一新されることで、新たな政策へ踏み出しやすくなるからだ。

 

■中国 ゼロコロナ政策の行方:まとめ

中国のゼロコロナ政策の行き詰まりは明らかだ。新型コロナが地球上から消えない限り、集団免疫の獲得を前提としない社会・経済の正常化は考え難い。ただし、共産党独裁の同国では、指導部への批判に直結しかねない政策の転換は難しい。そうした意味で、ゼロコロナ政策を見直すタイミングとして最も都合が良いのは、行政府である国務院の人事が一新される来年3月だろう。上海市の党委員長であった李強次期首相は、ゼロコロナに失敗した苦い経験を持つだけに、むしろ政策転換には適任と言えるかもしれない。ただし、このタイミングを逸すれば、中国経済は泥沼の停滞を抜けられなくなるだろう。


市川 眞一
ピクテ・ジャパン株式会社
シニア・フェロー

日系証券の系列投信会社でファンドマネージャーなどを経て、1994年以降、フランス系、スイス系2つの証券にてストラテジスト。この間、内閣官房構造改革特区評価委員、規制・制度改革推進委員会委員、行政刷新会議事業仕分け評価者など公職を多数歴任。著書に『政策論争のデタラメ』、『中国のジレンマ 日米のリスク』(いずれも新潮社)、『あなたはアベノミクスで幸せになれるか?』(日本経済新聞出版社)など。


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