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円安局面は終息したのか?
市川 眞一
2023/01/24

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概要

昨年10月20日、円/ドルは一時150円台を記録したが、その後は財務省による為替介入、FRBの利上げ幅の縮小、さらには日銀の10年国債利回りの変動幅拡大などから、円は反落局面を迎えている。日米金利差縮小の思惑から、しばらくは円が高値を探る動きとなりそうだ。もっとも、空前の人手不足を考えると、米国景気は市場のコンセンサスより底堅いのではないか。また、エネルギーなど資源主導の物価上昇が峠を越えたとしても、価格押し上げの主役は賃金へシフト、インフレ率が高止まりするシナリオは十分に考え得る。一方、日本の財政赤字は削減のメドが立たず、公的債務の対GDP比率はOECD加盟国で最も高い。金利上昇下では国債の利払い費が急増することにより、さらに財政を圧迫することになりそうだ。これまで実質的な財政ファイナンスを行ってきた日銀のバランスシートが拡大を続けた結果、マネタリーベースは米欧に比べ肥大化した。購買力平価は円の割安感を示しているものの、過剰供給が構造的な円安要因となる可能性は否定できない。



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■ 日米金利差の縮小観測で円は反発

円が対ドルで急速に下落したのは昨年3月中旬からだった。同月14、15日のFOMCでFRBが0.25%の利上げに踏み切り、日米金利差が拡大するとの思惑が背景だったと言えよう。足元に関しては、米国の利上げが峠を越えつつある中、日銀は4月の新総裁就任前後に出口戦略へ転じるとの観測が強まった。その結果、日米金利差が縮小するとの見方から、円が反発局面を迎えたと考えられる。

 

■ 市場はインフレの継続には懐疑的

米国における景気減速、物価安定化の見方を象徴しているのが、インフレ連動債と10年国債利回りから算出した市場の織り込む期待インフレ率に他ならない。足元は2.13%であり、2000年代に入っての平均である2.04%へ接近しつつある。FRBが「長期的な目標」としているのはコア個人消費支出物価だが、極めて大雑把に言えば、米国市場は中長期的に中央銀行の目標が達成されると考えているのだろう。

 

■ 円/ドルレートは日米実質金利差に連動する

長期的に見ると、円/ドル相場はファンダメンタルズの教科書どおり日米の実質金利差に連動する傾向が強い。FRBの利上げと物価上昇率の縮小により、米国では昨年半ばより実質金利が上昇に転じた。一方、日本は物価上昇率が拡大するなか、日銀はゼロ金利を維持しているため、昨年10月以降、日本の実質金利が米国を上回る状態が続いている。これは、過去の例から見れば円の下落要因に他ならない。


 

■ 購買力平価の観点からは円は売られ過ぎだが・・・

IMFによれば、22年における購買力平価は対ドルで90円39銭だった。これを基準にすれば、円は3割過小評価されていることになり、中長期的な円高観測の理論的裏付けとされている。ただし、購買力平価は両国の累積的なインフレ率の差で算出され、通貨供給量の違いを反映しているわけではない。今後、為替市場で注目されるのは、日本の財政問題と日銀による実質的な財政ファイナンスだろう。

 

■ 新規財源債と借換債で年間の国債発行額は200兆円前後に達する

23年度の計画によれば、新規財源債と借換債を合わせて国債発行額は193兆1,743億円に達する。借換債のほとんどの表面利率は0.1%だが、これが1%になれば、単純計算で年間の利払い費は初年度1.5兆円、2年目以降は毎年2兆円ずつ増加することになろう。日銀による利上げは、国債への売り圧力が強まりかねないことに加え、財政の利払い負担が強い制約要因になるのではないか。


 

■ 日銀の金融政策変更なら日本国債には強い売り圧力の可能性

IMFによれば、日本の政府債務残高対GDP比率は264%に達し、イタリアの147%、ギリシャの199%を上回ってOECD加盟国で最大だ。これまではデフレ環境の下、日銀が量的質的緩和の一環として国債を無限に購入できたことから、政府債務は大きな問題にはならなかった。しかしながら、インフレの下で金利が上昇局面に入る場合、大量の国債消化に支障を来す可能性は否定できない。

 

■ 負債側では当座預金の超過準備が急増

政府による財政赤字は日銀の量的質的緩和により実質的にファイナンスされてきた。その結果、日銀が資産として保有する国債の残高が急増する一方、負債である超過準備の拡大、即ちマネタリーベースの大量供給が続いている。インフレ観測がさらに強まり、この超過準備が動き出せば、物価に影響を及ぼすだけでなく、家計や企業による海外投資の強化を通じて為替にもインパクトをもたらすのではないか。

 

■日銀の資産規模は突出して大きい

日銀のバランスシートは日本のGDPの175%に達しており、60%のECB、33%のFRBに比べ極端なまでに肥大化した。FRB、ECBが既に量的縮小を図るなか、イールドカーブ・コントロールの下で連続指値オペを行う日銀のバランスシートが拡張を続けた場合、円の相対的な余剰感はさらに大きくなるだろう。通貨の需給関係を考えれば、これは他の主要通貨に対する円安要因と考えられる。

 

■円安局面は終息したのか?:まとめ

90年代半ば以降のデフレ環境下、日銀が国債を無限に購入できたことから、政府債務の拡大は為替に影響を与えてこなかった。日銀がバランシートを膨らませても、負債サイドに計上されるのが当座預金の超過準備であり、実体経済に作用しなかったからだろう。しかしながら、長期的に考えると、労働投入量が持続的に減少、潜在成長率の低下が避けられないとすれば、金利が上がることによる利払い負担の増加は日本経済に重く圧し掛かるはずだ。財政政策と金融政策のもたれ合いの持続性に市場の疑念が向けば、一旦は円高に傾いた為替相場が、結局、構造的な円安局面に入る可能性は否定できない。


市川 眞一
ピクテ・ジャパン株式会社
シニア・フェロー

日系証券の系列投信会社でファンドマネージャーなどを経て、1994年以降、フランス系、スイス系2つの証券にてストラテジスト。この間、内閣官房構造改革特区評価委員、規制・制度改革推進委員会委員、行政刷新会議事業仕分け評価者など公職を多数歴任。著書に『政策論争のデタラメ』、『中国のジレンマ 日米のリスク』(いずれも新潮社)、『あなたはアベノミクスで幸せになれるか?』(日本経済新聞出版社)など。


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