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米国の雇用が示す利上げ打ち止めのシグナル
市川 眞一
2023/04/18

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概要

4月7日に米国労働省が発表した3月の雇用統計は、全般に労働市場が堅調であることを示した。もっとも、昨年3月以降の累次の利上げによる効果もあり、雇用市場の逼迫は緩やかに緩和されつつあるとの兆候も見られるようになった。また、今回の統計にはシリコンバレー銀行(SVB)の破綻を契機とする金融システムへの不安がほとんど反映されていない。米国のインフレは、当初、新型コロナ禍による国際的なサプライチェーンの寸断、そしてエネルギーを中心とした資源価格の高騰が要因だった。しかし、昨年後半以降は、歴史的な人手不足を背景とした賃上げがサービス価格を中心に物価を押し上げている。仮に労働市場の逼迫が緩やかにせよ緩和されるとすれば、金融政策にも一定の影響を与えるだろう。FRBは、足元、インフレへの対応、利上げの副反応としての金融システム不安の抑止・・・2つの相反する命題を背負っている。そうしたなか、利上げを打ち止めにした上で、これまでの金利上昇による累積的な効果を見極めるフェーズに入るのではないか。



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■ 失業率は歴史的な低水準

3月の雇用統計によれば、失業率は前月比0.1%ポイント低下の3.5%、非農業雇用者数は市場予想を6千人上回る23万6千人増だった。失業率は歴史的な低水準にあり、米国の雇用が引き続き堅調であることを示したと言えよう。ただし、雇用統計は毎月12日を含む週を調査対象としており、10日のSV破綻による金融システムへの不安はほとんど反映されていない点に注意が必要ではないか。

 

 

■ 求人数が失業者数を引き続き大幅に上回るが・・・

足元の米国の雇用情勢を見る上で、今、雇用統計以上に重要なのは4日に発表された2月の求人及び労働移動統計(JOLT)ではないか。求人数は雇用の真の持続的な強さの程度を示し、賃上げ率に直結するからだ。この統計によれば、2月の求人数は市場予想の1,050万人を下回る993万人であり、21ヶ月ぶりに1千万人台を割り込んでいる。求人需要は依然として強いものの、やや緩和された印象だ。

 

 

■ トランプ政権以降、移民人口が実質成長率を下回る

米国が歴史的な人手不足に陥った要因は、1)ドナルド・トランプ前大統領による抑制策、新型コロナの下での国境封鎖による移民流入の失速、2)新型コロナが重症化し易いシニア層の早期リタイア・・・の2点だ。ジョー・バイデン政権下において、移民の受け入れは回復しつつあるものの、新型コロナ禍以前の水準には戻っていない。これは、労働集約型産業を中心に人手が足りない要因と言える。

 

 

■ 非労働力人口の増加は高齢層の早期リタイアを反映

マイナスが続いていた労働力人口は、昨年12月に水面下から浮上、3月は2019年12月比で203万人増加している。結果として、労働力人口を生産人口で割って求める労働参加率は62.6%になった。新型コロナ禍以前の63.3%には至っていないものの、2020年4月の60.1%から緩やかに回復しつつある。新卒者などが労働市場へ参入することで、シニア層の早期リタイアを部分的に補う状況になったと言えるだろう。

 

 

■ 継続受給件数の増加は失業期間の長期化を示唆

失業保険統計では、新規申請件数は20万人台前半で推移しており、2010~19年の10年間における平均の31万1千人を大きく下回っている。一方、継続受給件数は、昨年9月第2週の129万人を底に緩やかに増加に転じ、足元は182万人になった。これは、失業期間が長引いている求職者が増えた可能性を示唆している。少なくとも一部の失業者にとって、職探しは難しくなっている模様だ。

 

 

■ 賃上げ率は高水準だがピークアウト感も 

3月の雇用統計で特筆されるのは、平均時給の上昇率が前年同月比4.2%に止まったことだ。引き続き水準は高いものの、2022年3月の5.9%から段階的に縮小している。また、週平均労働時間も頭打ちの傾向であり、労働需給の逼迫感が一時に比べると低下したことが示されている。平均週賃金の動きは消費者物価との連動制が高く、米国における賃金主導のインフレ圧力はやや緩和されたと言えるだろう。

 

 

■ 雇用指数は人手不足の緩和を示唆

米国供給管理協会(ISM)は、製造業、非製造業の双方で雇用指数を算出してきた。この2つを雇用統計の製造業、非製造業の雇用者数で加重平均して求めた雇用指数は、民間部門の非農業雇用者数とトレンドが概ね一致している。3月は製造業46.9、非製造業51.3、合成指数は50.9だった。モメンタムとしては、米国企業は雇用に対してやや慎重なスタンスになりつつあるのではないか。

 

 

■ 賃金と物価は連動する傾向が強い

サービス産業のウェートが高い米国経済においては、消費者物価は賃上げ率に連動する傾向が強い。今回の物価上昇は、当初、新型コロナ禍によるサプライチェーンの寸断、エネルギーを中心とした資源価格の上昇が主な要因だった。しかしながら、昨年後半以降は、逼迫した雇用需給を背景とした賃上げが物価を牽引している。賃金の動向は、今後も米国のインフレに大きな影響を及ぼすだろう。

 

 

■ 米国の雇用が示す利上げ打ち止めのシグナル:まとめ

3月の雇用統計、2月のJOLTなどを見る限り、米国の雇用市場における逼迫感は依然として強く、賃金上昇率は高止まりすることが予想される。もっとも、一部には需給の緩和を示唆する指標もあり、賃上げ率、消費者物価上昇率共にピークアウトしたのではないか。FRBは、インフレへの対応に加え、SVBの破綻を契機として金融システムへも目配りする必要が生じている。この両方のバランスを採る上で、利上げのプロセスを打ち止めとする一方、これまでの引き締めの累積的効果を見極めるフェーズに移行する可能性が強い。日米の名目短期金利差が維持されることで、為替は円安方向に傾き易いだろう。


市川 眞一
ピクテ・ジャパン株式会社
シニア・フェロー

日系証券の系列投信会社でファンドマネージャーなどを経て、1994年以降、フランス系、スイス系2つの証券にてストラテジスト。この間、内閣官房構造改革特区評価委員、規制・制度改革推進委員会委員、行政刷新会議事業仕分け評価者など公職を多数歴任。著書に『政策論争のデタラメ』、『中国のジレンマ 日米のリスク』(いずれも新潮社)、『あなたはアベノミクスで幸せになれるか?』(日本経済新聞出版社)など。


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