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米中首脳会談
市川 眞一
2023/11/21

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概要

アジア太平洋経済協力会議(APEC)の首脳会議が開催されたサンフランシスコにおいて、約1年ぶりに米中首脳会談が開催された。ウクライナ、パレスチナ情勢に深く関与する米国は、現段階で中国との緊張関係のさらなる高まりは避けたいだろう。一方、経済が停滞する中国は、経済構造を転換する上で、米国を中心とする西側先進国との経済交流の強化、特に直接投資の回復を重視していると見られる。そうした双方の思惑が一致したことが、この首脳会談の背景ではないか。結果は概ね事前の予想通り、1)首脳間の意思疎通を活発化すること、2)両国の軍幹部の対話を再開することで一致する一方、3)台湾問題、4)米国の半導体製造装置に関する輸出管理ではお互いの立場を主張して平行線に終わった模様だ。対立点は容易に解消されないものの、少なくとも当面、米中両国間の緊張は緩和されると見られる。これは、米国連邦議会上下院による2024年度のつなぎ予算可決と合わせ、国際金融市場における懸念材料を緩和する要因と考えられよう。



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■ 米中は緊張と対話を継続

将来の覇権を巡り対立の深まる米中両国だが、今回、最初に関係改善へ動いたのは米国だ。6月18、19日、アンソニー・ブリンケン国務長官、7月7~9日にジャネット・イエレン財務長官、8月28、29日にはジナ・レモンド商務長官が相次いで訪中した。ウクライナ、パレスチナの紛争に深く関与する米国は、台湾情勢などアジア太平洋が不安定化し、三正面への対応を迫られる事態を避けたかったのだろう。



■ 2023年7-9月期の対中直接投資はマイナスへ

11月3日、中国国家外貨管理局が発表した2023年7-9月の国際収支では、直接投資が118億ドルのマイナスになった。国外から新規投資よりも、事業の縮小・撤退による資金流出額が大きくなったわけだ。長期に亘る過剰投資の反動で経済が停滞している上、米中間の緊張関係の高まりや中国の改正反スパイ法施行が背景ではないか。経済の立て直しを目指す習近平政権にとって、頭の痛い問題だろう。



■ 中国は固定資本投資のウェートが40%を超える

昨年、中国の固定資本投資がGDPに占める比率は41.9%に達し、日本の25.6%、米国の21.2%、ユーロ圏の22.7%を大きく上回った。長年の投資主導による経済成長は、設備、不動産の過剰供給を生んだ。中国経済を立て直すには産業の高度化、消費主導の経済構造への転換が喫緊の課題と言える。習近平政権は、米国を中心とした西側先進国からの投資を改革のドライバーにしたいのではないか。



■ 中国の成長率は急速に鈍化の見通し

IMFは中国の実質成長率が2028年に3.4%へ低下すると予想している。これは、同国の高度経済成長期が既に終わったと宣告しているに等しいだろう。また、中国政府は7月で発表を中止したが、若年層の失業率は20%を超えている可能性が強い。中国の国民が共産党一党独裁を容認してきたのは、高度経済成長による生活の質的改善が前提だ。低成長になれば、中国社会が不安定化する可能性は否定できない。



■ 習氏は共産党最高幹部を自らの側近で固めた

中国共産党第20回全国大会の最終日となった昨年10月23日、共産党中枢の人事が発表され、最高幹部である中央政治局常務委員は習近平総書記の側近で固められたことが明らかになった。これは、習総書記の権力基盤が強化されたことを示すだろう。一方、経済政策が機能せず、成長率が鈍化すれば、国民の不満は習総書記を中心とする党執行部に集中する可能性が強い。リスクの高い人事とも言えるのではないか。



■ 異例の解任劇

習近平体制では腐敗撲滅が重視され、党や政府、人民解放軍幹部の更迭はかならずしも珍しくはない。ただし、秦剛前外交部長(外相)、李尚福前国防部長(国防相)の場合、解任までの消息不明の時期が長いことに加え、理由が明らかにされていない点は異例だ。また、国防部長は後任も決まっていない。経済の失速により、共産党中枢において何らかの権力闘争が起こっている可能性は否定できない。



■ バイデン政権による対中政策で中国からの輸入は減少傾向

米国商務省によれば、中国からの輸入額は2023年に入って急速に減少している。中国にとって、最大の輸出先である米国の市場が極めて重要であることに疑問の余地はない。習近平国家主席は、ジョー・バイデン大統領との首脳会談を契機に、米国からの直接投資拡大、米国への輸出の増加を図る意向と見られる。また、米国による半導体関連の貿易管理も、緩和への働き掛けが重要な課題と言えよう。



■ 中国は米国にとり最大の農産物の輸出先

昨年8月のナンシー・ペロシ下院議長(当時)による訪台以降、米中両国の軍によるホットラインが閉ざされた。これは、偶発的衝突が紛争に拡大するリスクを高めかねない。また、中国は米国にとり最大の農業生産品の輸出先だ。来年11月の大統領選挙を睨んで、バイデン大統領にも経済面での交流拡大は重要課題と考えられる。今回の首脳会談は、米中両国の思惑が一致した結果と言えるだろう。



■ 米中首脳会談:まとめ

1年ぶりの米中首脳会談により、両国は首脳、そして軍幹部による対話の再開で合意した。一方、台湾問題、米国の半導体に関する貿易管理など、対立点も多く残っている。ただし、これらは両国の原則に則ったものであり、そもそも解消は不可能だ。バイデン大統領、習近平国家主席は、対立する点を棚上げした上で、一致できる点において双方のメリットを追求したと考えられる。これで、少なくとも当面、米中両国の緊張は緩和されるだろう。国際経済・市場にとっては、取り敢えず朗報と言えるのではないか。



 


市川 眞一
ピクテ・ジャパン株式会社
シニア・フェロー

日系証券の系列投信会社でファンドマネージャーなどを経て、1994年以降、フランス系、スイス系2つの証券にてストラテジスト。この間、内閣官房構造改革特区評価委員、規制・制度改革推進委員会委員、行政刷新会議事業仕分け評価者など公職を多数歴任。著書に『政策論争のデタラメ』、『中国のジレンマ 日米のリスク』(いずれも新潮社)、『あなたはアベノミクスで幸せになれるか?』(日本経済新聞出版社)など。


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