Article Title
日銀決算と出口戦略
市川 眞一
2024/06/11

Share

Line

LinkedIn

URLをコピー


概要

5月29日、日銀は2024年3月期の決算を発表した。経常収益が5兆858億円、経常利益は4兆6,400億円でいずれも過去最高を更新している。国庫納付金は昨年度の1兆9,831億円を上回り2兆1,730億円に達した。この表面的な数字を見れば、日銀の金融政策には問題がないように見えるかもしれない。しかしながら、今回の日銀の決算は、今後の日本経済や金融政策、為替を考える上で非常に重要な意味を持つのではないか。特に出口戦略を進める上で、極端に肥大化した市中金融機関による超過準備、言い換えればマネタリーベースの存在が最大の課題と見られる。政策金利の利上げを行う場合、当座預金に対する付利金利の引き上げが必要になり、収入の根幹である保有国債からの受取利息との間で大きな逆ザヤが生じる可能性があるからだ。景気や財政への影響だけでなく、日銀の資産・負債管理(ALM)の影響を考えると、出口戦略は慎重なペースにならざるを得ないだろう。結果として、円安を日本の金融政策で止めるのは難しいと想定される。



Article Body Text

■ 2024年3月期、日銀の経常利益は過去最大

日銀の経常収入が前期比で1兆3,256億円伸びたのは、保有国債からの受取利息が3,894億円、外国為替収入が7,859億円増加したことが主因だ。国債に関しては、長期国債の運用利回りが前期の0.246%から、新発債の発行利回り上昇に伴い0.291%へ0.045%ポイント改善したことが寄与した。長期国債の期末残高が588兆1,919億円と大きいだけに、経常収益を10.4%押し上げた。



■ 外国為替収益は総額1兆6千億円を超えた

外国為替収益は総額で1兆6,757億円と経常収益の32.9%を占めた。内訳を見ると、円安により保有外貨建て資産の差益が1兆3,021億円に達している。為替が円高になった場合、逆に評価損の発生が見込まれるため、そうした事態に備えて特別損失として外国為替等取引損失引当金6,511億円が計上された。ちなみに、これで外国為替等取引損失引当金の残高は2兆9,181億円になっている。



■ 現在は国庫への貢献が保有国債の利息収入を大きく上回る

2023年度における日銀の法人税・住民税及び事業税は前期と比べ倍以上の7,829億円になった。さらに、当期純剰余金2兆2,872億円のうち、法定準備金と配当金を控除した2兆1,729億円が、国庫納付金として国の一般会計の財源になっている。一方、日銀が保有する国債に対し、国が払った利息は1兆7,124億円だ。差し引きすると1兆2,434億円を日銀は国及び地方自治体へ還元した計算になる。



■ 国債は含み損へ

今年3月末現在、日銀の保有する長期国債の評価損は9兆4,337億円だった。長期金利がさらに上昇しているため、足下の含み損はさらに拡大したと推測される。この評価損については、国債が償却原価方式で会計処理されているため、満期まで保有すれば問題にはなり得ない。一方、ETFの評価益が37兆3,120億円に達した。ただし、売却は困難であり、含み益を実現する道は見えていない。



■ マネタリーベースは当座預金の超過準備に積み上がった

2013年4月に量的・質的緩和を採用して以降、日銀は市場で長期国債を購入する一方、マネタリーベースはそれに連動して拡大した。これを肯定的に評価する視点では、国が国債発行を増加させても、日銀が実質的なファイナンスを行っている限り、国債に支払われた利息は税、もしくは納付金として日銀から政府へ戻るため、半ば永久に国債を発行できるとの考え方になる。それは、現代金融論(MMT)の発想だろう。



■ 資産の保有長期国債は負債の当座預金残高に対等

4月末時点での日銀のバランスシートを見ると、保有する長期国債589兆7,421億円に対し、負債側では当座預金の残高が570兆3,371億円に達していた。政策金利を上げる場合、付利金利も引き上げることになるが、日銀には0.1%で5,700億円の利払い費が発生する。一方、長期国債の受取利息の利率は満期時に入れ替えなければ上がらないため、日銀のALMが大きく変調する可能性は否定できない。



■ 為替は基本的に実質短期金利差に連動

2022年3月以降、急速に円安が進んだのは、FRBが利上げを行う一方、日銀が政策金利を動かさなかったことで、日米の名目金利差が拡大、円キャリートレードが活発化したからだろう。さらに、長期的なファンダメンタルズから見た場合、円/ドル相場は日米の実質短期金利差に連動してきた。名目金利差だけでなく、大幅な実質金利差は、基本的に円安が進み易い状況を示しているのではないか。



■ 日米両国の物価上昇率はほぼ並んだ

ポストコロナ期に入り、大きく変化したのは日本経済がデフレ基調からインフレ基調になったことだ。日米の物価上昇率に大きな差がない以上、名目金利差は実質金利差と概ね同水準になる。円キャリートレードを止めるには、日銀による着実な出口戦略の推進が必要ではないか。もっとも、ALMに大きなリスクを抱える日銀には、米国との金利差を有意に縮小するほどの利上げはできないだろう。



■ 日銀決算と出口戦略:まとめ

過去最高の経常利益を計上した日銀だが、それは肥大化したバランスシートによるものだ。言い換えれば、マネタリーベースが異常とも言える水準で供給されており、その不胎化への努力は日銀のALMを急速に悪化させる可能性がある。これは、”too big to change(変えるには大きすぎる)”状態なのではないか。日銀は出口戦略を進めるものの、その歩みは極めて緩慢なものになるだろう。結果として、日米金利差は名目、実質両面で大きくは縮小せず、円安がインフレの圧力として機能すると見られる。


 

 

 

 


市川 眞一
ピクテ・ジャパン株式会社
シニア・フェロー

日系証券の系列投信会社でファンドマネージャーなどを経て、1994年以降、フランス系、スイス系2つの証券にてストラテジスト。この間、内閣官房構造改革特区評価委員、規制・制度改革推進委員会委員、行政刷新会議事業仕分け評価者など公職を多数歴任。著書に『政策論争のデタラメ』、『中国のジレンマ 日米のリスク』(いずれも新潮社)、『あなたはアベノミクスで幸せになれるか?』(日本経済新聞出版社)など。


●当資料はピクテ・ジャパン株式会社が作成した資料であり、特定の商品の勧誘や売買の推奨等を目的としたものではなく、また特定の銘柄および市場の推奨やその価格動向を示唆するものでもありません。
●運用による損益は、すべて投資者の皆さまに帰属します。
●当資料に記載された過去の実績は、将来の成果等を示唆あるいは保証するものではありません。
●当資料は信頼できると考えられる情報に基づき作成されていますが、その正確性、完全性、使用目的への適合性を保証するものではありません。
●当資料中に示された情報等は、作成日現在のものであり、事前の連絡なしに変更されることがあります。
●投資信託は預金等ではなく元本および利回りの保証はありません。
●投資信託は、預金や保険契約と異なり、預金保険機構・保険契約者保護機構の保護の対象ではありません。
●登録金融機関でご購入いただいた投資信託は、投資者保護基金の対象とはなりません。
●当資料に掲載されているいかなる情報も、法務、会計、税務、経営、投資その他に係る助言を構成するものではありません。

手数料およびリスクについてはこちら



関連記事


トランプ次期大統領の「基礎的関税」 日本へのインパクト

ATDによる7&iHD買収提案が重要な理由

米国はいつから「資産運用立国」になったか?

米国大統領選挙 アップデート⑤

米国の利下げと為替相場