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EVが世界的に苦戦する理由
市川 眞一
2024/08/06

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概要

カーボンニュートラルへ向けた切り札の1つである電気自動車(EV)の伸びが世界的に鈍化している。航続距離の限界やバッテリーの劣化など技術的な問題、充電スタンドの不足などインフラの課題が主な理由とされているようだ。主要国は補助金や税制上の優遇策など政策的な対応により、EVの普及に取り組んできたが、最近は米国、EUが相次いで販売目標を引き下げるなど、やや後退の動きも見られるようになった。EVが苦戦している最大の理由は、ガソリン車に対する割高感ではないか。当初、部品点数が少なく、構造が単純なEVは、航続距離の問題が少ない市街地での配送、通勤・通学、買い物など大衆車としての活用が見込まれていた。しかしながら、ガソリン車メーカーが開発、製造に参入、現状は高級車として市場へ投入され、同クラスのガソリン車と競争になっている。新規に参入したテスラも高級車を指向した。その結果、優位性を失い、販売が足踏みしている模様だ。EVの拡大には、新規参入企業による低価格の大衆車投入が鍵を握るだろう。



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■ 2023年末時点でEVはBEV、PHEV合計で4,050万台

国際エネルギー機関(IEA)によれば、2023年末、世界で登録されたEV台数は4,050万台だった。もっとも、この数字にはプラグインハイブリッド(PHEV)が含まれている。純粋なEV(BEV)は2,820万台だ。国・地域別に見ると、中国のEV登録車はPHEVを含めて1,610万台、世界シェアは39.8%である。これに欧州の1,120万台、米国の480万台が続くが、現時点では中国の市場拡大が顕著と言えよう。



■ 欧州のEV販売は伸び悩みの傾向

EUは2035年までにエンジン車の新車販売全廃を目指していたが、BEVとPHEVを合わせても、2023年の販売比率は21%に止まっている。昨年3月25日、EUの行政府である欧州委員会は、再生可能エネルギー由来の水素と二酸化炭素から合成される”e-Fuel”を燃料とする場合、2035年以降も販売を可能とする方針を決めた。米国同様、既存のガソリン車メーカーに対する政治的な配慮が理由だろう。



■ 中国でのEVは乗用車販売全体の4割近くへ拡大

先行したEUが伸び悩みに直面するなか、EVの販売を着実に拡大させているのは中国だ。2023年、BEVの販売は540万台、PHEVも270万台に達し、合計のEV販売台数は新車全体の38%を占めた。これは、欧州の21%、米国の10%を大きく上回る。ガソリン車の産業が日米欧に比べ脆弱だった中国は、EVを商機と捉え、国家を挙げて普及に取り組んできた。主要先進国は警戒感を強めている。



■ 600万円以上がボリュームゾーン

主要先進国でEVが伸び悩んでいる最大の理由は、価格なのではないか。オランダに本拠を置くEVデータベースによれば、調査の対象となった272車種の平均価格は897万円(現データは英ポンド建てだが円に換算)に達した。価格帯別だと600万円台から車種が増加、1,000~1,199万円が最大のボリュームゾーンである。EVの価格は同クラスのガソリン車に比べてかなり割高な水準と言えるのではないか。



■ テスラが提供するのは高級車

中国のBYDと並ぶEV最大手のテスラの場合、日本国内での販売価格で500万円を下回る車種はない。ベンツのCクラスは698万円から、BMW3シリーズは568万円から、トヨタのクラウンは440万円からなので、少なくともテスラは「大衆車」とは言えないだろう。価格に加えて、航続距離やバッテリーの劣化に対する不安、充電インフラへの懸念などを考えた場合、今のところEVの購買層はかなり限られると考えられる。



■ EVはガソリン車に比べ中古車の値下がりが大きい

米国の自動車比較サイトである”iSeeCars”によれば、初登録後1~5年の中古車市場において、ガソリン車の平均価格は今年5月までの1年間で3.3%値下がりした。一方、EVの価格は29.5%下落している。EVの場合、最も重要なバッテリーの経年劣化が避けられず、充電能力が低下するため、中古車として再販する際の価格は相対的に大きく下がらざるを得ない。これも、EV普及が伸び悩む要因だろう。



■ リチウムイオンの限界は航続距離500㎞

EVデータベースのデータを使い、車種ごとの価格と航続距離の関係を調べると、航続距離が100~500㎞のゾーンでは、概ね価格と比例する結果になった。それは、バッテリーの性能によるのだろう。500㎞を超えると、車両価格が上昇しても航続距離はあまり伸びない。現在の主流であるリチウムイオン電池の限界が要因ではないか。必ずしも高価格車の航続距離が長いわけではない。



■ 価格が高くなると電費が落ちる傾向

EVの場合、電力1kWh当たりの平均走行距離を「電費」と言う。ガソリン車の燃費に相当する概念だ。統計的に見ると、車両価格が高いほど、電費が落ちる傾向がある。高級車になれば重くなる上、装備が充実して電力の消費が増えるからだろう。むしろ、現在の技術水準では、市街地において、運送、通勤・通学、買い物など短距離向けの大衆車の方が、本来のEVの特性と合致しているのではないか。



■ EVが世界的に苦戦する理由:まとめ


EVは既存のガソリン車メーカーが開発を手掛け、高級車として市場へ投入される例が多い。しかし、現在の技術ではガソリン車に優位性があるため、販売拡大にブレーキが掛かっているのではないか。そうしたなか、中国は、次の世代において世界の自動車市場で競争力を確保すべく、国家を挙げてEVの開発・普及に注力してきた。それを脅威と感じる米国、EUは、中国製EVに対し自国・地域の市場を閉ざす方向へ動いている。長期的にEV化が進むとしても、当面、踊り場が続く可能性が強まったと言えよう。

 


市川 眞一
ピクテ・ジャパン株式会社
シニア・フェロー

日系証券の系列投信会社でファンドマネージャーなどを経て、1994年以降、フランス系、スイス系2つの証券にてストラテジスト。この間、内閣官房構造改革特区評価委員、規制・制度改革推進委員会委員、行政刷新会議事業仕分け評価者など公職を多数歴任。著書に『政策論争のデタラメ』、『中国のジレンマ 日米のリスク』(いずれも新潮社)、『あなたはアベノミクスで幸せになれるか?』(日本経済新聞出版社)など。


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