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通貨価値下落と円の行方
市川 眞一
2025/02/04

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概要

世界が新たなインフレの時代に突入した背景は、国際社会、国内社会の分断だろう。分断はヒト・モノ・カネの自由な移動を妨げ、経済の最適化が阻害される結果、コストが上がって物価を上昇させる効果を生む。また、所得格差を背景に国内で進む分断は、政治的にはポピュリズムの台頭を招いてきた。それは、財政収支を健全に維持するよりは、バラマキ的な歳出の要因だ。G7の場合、国家純債務の対名目GDP比率は21世紀に入って急上昇している。この国家純債務と表裏の関係で、日銀、FRB、ECBの資産残高対GDP比率も膨張した。実体経済に対してマネーの過剰供給が恒常化することで、インフレと資産価値の拡大が続く可能性が強い。特に11年間に亘って量的緩和を継続した日銀のバランスシートは、他の中央銀行に比べ極めて大きくなった。一方、米国経済が堅調であり、トランプ政権の政策次第でFRBは2025年末から2026年前半にも利上げを検討する可能性がある。日銀が積極的な出口戦略を採らない限り、構造的な円安が続くのではないか。



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■ 国家純債務はトレンドとして膨張傾向

G7全体の国家純債務の対名目GDP比率は、21世紀がスタートした2001年に48.1%だった。IMFによれば、2025年にこの比率は97.8%に達すると見られる。リーマンショックや新型コロナ禍への対応もあり、名目GDPの年平均成長率が3.4%だったのに対して、国家純債務が年6.7%のペースで拡大したからだ。ポピュリズムが政治の主流になりつつあることで、財政の健全性は優先順位が後退したと言えよう。



■ 中央銀行の資産規模は依然として高水準

国家純債務と表裏の関係で、日銀、FRB、ECBの資産残高対GDP比率も急上昇した。長期に亘り11~12%程度で安定的に推移していが、2008年秋のリーマンショックを契機として3中央銀行が一斉に量的緩和に踏み切ったことが契機である。その後、新型コロナ禍の下、さらに巨額の流動性が供給された。足下は出口戦略が進みつつあるが、依然として平時に比べ経済と対比した資産規模は極めて大きい。



■ 日本の国家純債務対GDP比率は突出

G7で名目GDPに対する国家純債務残高の比率が最も多いのは日本だ。IMFの推計によれば、2025年は153.9%に達し、G7の平均である97.8%を大きく上回った。1月24日に召集された通常国会では、2025年度予算の審議へ向け、主要野党が一段の歳出の拡大を求めている。衆議院で少数となった石破政権は、予算成立のため野党の提案を受け入れざるを得ず、歳出見直しの機運は高まっていない。



■ 米国の平均成長率はG7でトップ

IMFによれば、2024~26年の3年間、日本の実質成長率は年0.8%で、ドイツ(同0.7%)、イタリア(同0.7%)とほぼ同水準だ。一方、米国は2.3%であり、政策金利の水準が最も高いにも関わらず、最も高い成長率が見込まれている。1)財政による純債務が大きく、2)供給された流動性が相対的に最も過剰で、3)実質成長率が低い・・・この3つの要因が、円の評価を形成している可能性は否定できない。



■ 為替は基本的に実質短期金利差に連動

為替市場における円/ドルレートは、中期的には極めて合理的に推移してきた。過去30年間の動きを見ると、トレンドを決めるのは日米の実質短期金利差だったからだ。1990年代以降、円高局面が続いたのは、日銀がゼロ金利政策を採用しても、デフレにより日本の実質短期金利が上昇、米国を上回ったことが要因と言えよう。物価の低下による実質金利の上昇が、円高を通じてさらにデフレを深刻化させるスパイラル状態だった。



■ 日米両国の物価上昇率はほぼ並んだ

新型コロナ禍から経済が正常化する過程において、日本もデフレを脱却し、むしろインフレが懸念される状況になった。その結果、日米両国の消費者物価上昇率は概ね同水準になっている。つまり、足下は名目金利差と実質金利差がほぼ等しくなった。名目短期金利の水準は中央銀行の政策に大きく依存するため、日銀とFRBの政策金利を巡る判断が、為替の重要な決定要因になったと言えよう。



■ 日米短期金利差により円キャリートレードが活発化

対ドルで円安が顕著に進んだのは、2022年3月以降だ。円のみならず、ユーロ、英国ポンド、そしてカナダドルなど他の主要通貨もドルに対して大幅に下落した。起点になったのは、FRBが同月15、16日に開催されたFOMCで利上げに踏み切ったことではないか。もっとも、他の主要通貨が2022年の秋以降は安定したのに対し、円相場は3回のリバウンドを経つつも基調として下落が続いている。



■ 日銀の利上げペースは極めて緩慢

日銀は、1月23、24日の政策決定会合で0.25%ポイントの利上げを行い、無担保コール翌日物の誘導水準を0.50%とした。一方、FFレートは4.25~4.50%で据え置かれ、日米の名目政策金利差は3.75~4.00%ポイントになっている。これは、円キャリートレードには十分なスプレッドではないか。また、足下は名目金利差が実質金利差に近いため、ファンダメンタルズからもドル高・円安要因と言えよう。



■ 通貨価値下落と円の行方:まとめ



ポピュリズム的政治の下、世界は構造的なインフレの時代に突入した可能性がさらに高まった。相対的な通貨価値の下落は続くと考えられる。特に日本の場合、通貨安の脱却は容易ではないと想定されるが、今のところ政治の世界で財政政策・金融政策がもたらすリスクに深刻な懸念が広がっているわけではないようだ。トランプ政権の政策次第で一時的にドル安・円高になる可能性はあるものの、基調が円安である状態に変化はないだろう。家計・個人は、構造的なインフレへの備えが重要なのではないか。


市川 眞一
ピクテ・ジャパン株式会社
シニア・フェロー

日系証券の系列投信会社でファンドマネージャーなどを経て、1994年以降、フランス系、スイス系2つの証券にてストラテジスト。この間、内閣官房構造改革特区評価委員、規制・制度改革推進委員会委員、行政刷新会議事業仕分け評価者など公職を多数歴任。著書に『政策論争のデタラメ』、『中国のジレンマ 日米のリスク』(いずれも新潮社)、『あなたはアベノミクスで幸せになれるか?』(日本経済新聞出版社)など。


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