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欧州で確認したウクライナ紛争後のESG
市川 眞一
2022/11/11

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概要

10月27日よりイタリア、スイス、英国を訪問したが、ロシアによるウクライナ侵攻後も、ESG重視の方向に変化はないとの印象を強く受けた。むしろ、長期的な化石燃料の使用抑制が課題となるなか、カーボンプライシングを活用した温室効果ガスの排出削減は不動産価格にも影響しつつある。日本でもカーボンプライシングの導入が予定され、投資環境の変化は避けられないだろう。



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ESGに基づく投資:不動産市況にも影響を及ぼす

欧州は2年連続の異常気象に見舞われ、例年、11月はコートが必要な北イタリアやスイスでも、日中は20℃を超える日が続いていた。そうしたなか、ロシアによるウクライナ侵攻で天然ガスの調達が深刻な危機に直面しており、中長期的な化石燃料の使用削減が重要な課題になっている。

これまで、EUは地球温暖化対策に熱心に取り組んできた。2005~07年は温室効果ガス排出抑制の「フェーズⅠ」と位置付けられ、キャップ・アンド・トレード方式による排出量取引(EU-ETS)が開始されている。リーマンショック後の景気低迷を背景に、2010年代に入ってEU-ETSは取引量、価格とも低迷していたが、2020年末から俄かに活況となった(図表1)。


 

2021年から始まった「フェーズ4」において、当初、EUは2030年までの排出量削減目標を1990年比40%としていたが、2020年12月11日のEU首脳会議で55%削減へ大幅に引き上げたのだ。新たな目標の達成が難しい事業所が続出するとの思惑から、排出量の需要が急速に強まった。

ロシアによるウクライナ侵攻も、相対的に温室効果ガス排出量の少ない天然ガスの調達難を通じて、排出量価格を高止まりさせる要因だ。こうした市場機能を通じた「アメとムチ」は、様々な分野に影響を及ぼしつつある。例えば、英国の不動産ビジネスだ。工場などに活用されていた古いビルをリノベーションすることで、データセンターなど新たな用途に対応するだけでなく、エネルギー効率を上げて温室効果ガスの排出量を大幅に減少させ、物件価値を高める高度な投資手法が高いパフォーマンスを挙げている。

英国はEUを離脱したとは言え、経済的な結び付きは依然として強い。カーボンプライシングの定着で温室効果ガス排出量の削減効果が金額として可視化できるようになり、キャッシュフローの比較が可能となったことが大きいのではないか。


 

日本のカーボンプライシング:投資環境への影響は不可避

10月26日に開催された『第3回グリーントランスフォーメーション(GX)実行会議』で、岸田文雄首相は、「炭素に対する賦課金と排出量取引市場の双方を組み合わせるハイブリッド型とするなど、効果的な仕組みを検討する」よう指示した。これは、日本のカーボンプライシング制度が、炭素税とキャップ・アンド・トレードの併用となる可能性を意味する(図表2)。


 

他方、自民党税制調査会では、足下の物価上昇を受け、炭素税の早期課税に慎重な意見が強まっているようだ。ただし、日本政府は昨年の気候変動枠組条約第26回締約国会議(COP26)で2050年までのカーボンニュートラル達成を国際公約した。その実現へ向け、カーボンプライスング導入は避けて通れないだろう。それは、日本の投資環境にも大きな変化をもたらすことが予想される。

ウクライナ戦争は、欧州にエネルギーの自立を促しているようだ。欧州以上に資源のない貿易立国の日本は、当然、この流れと無縁ではないだろう。「検討」を多用する岸田首相も、エネルギー・温暖化については、革新的な次世代の原子炉に関して新設の方向を示すなど一歩踏み込んだ印象だ。エジプトで始まったCOP27の議論は収斂しそうにないが、市場を通じたESGの国際的潮流に変化はなさそうだ。


市川 眞一
ピクテ・ジャパン株式会社
シニア・フェロー

日系証券の系列投信会社でファンドマネージャーなどを経て、1994年以降、フランス系、スイス系2つの証券にてストラテジスト。この間、内閣官房構造改革特区評価委員、規制・制度改革推進委員会委員、行政刷新会議事業仕分け評価者など公職を多数歴任。著書に『政策論争のデタラメ』、『中国のジレンマ 日米のリスク』(いずれも新潮社)、『あなたはアベノミクスで幸せになれるか?』(日本経済新聞出版社)など。


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