Article Title
日銀植田新総裁の記者会見のポイント
梅澤 利文
2023/04/11

Share

Line

LinkedIn

URLをコピー


概要

4月9日に就任した日銀の植田新総裁の最初の記者会見などを振り返ると、言い回しに慎重なトーンが目立ち、就任早々にサプライズ政策を繰り出すイメージはありませんでした。その意味では金融政策の継続性が重視されそうです。しかしこれまでの金融政策の中には見直しが必要なことについてもしっかりと指摘しています。植田新総裁が、今後修正すべき政策に向き合う姿勢に期待したいと思います。




Article Body Text

日銀植田新総裁、就任後初の会見で金融緩和の継続を示唆

日本銀行の植田和男総裁は2023年4月9日の就任後初の記者会見を10日に行いました。会見で植田総裁は金融政策について、現在の大規模な金融緩和の継続が適当との考えを示しました。

また、日銀が進める長短金利操作(イールドカーブ・コントロール、YCC)についても、現状の経済、物価、金融環境を踏まえると継続が適切であると述べています。YCCについては従来通り副作用を認め、将来の政策修正を示唆しつつも、当面は継続する姿勢を示唆しました。会見を受け市場では日本の金融緩和の継続観測を背景に円安・ドル高が進行しました(図表1参照)。また、30年国債など日本の長期国債利回りは低下しました。

植田新体制におけるYCC修正または撤廃やマイナス金利脱却は後ずれか

日銀は、植田新体制のもとで初めての金融政策決定会合を4月27、28日に開催することを予定しています。市場では就任後の会合で異次元緩和を導入した前総裁のように、4月の会合でYCCを修正もしくは撤廃という観測もありました。しかし、慎重な言い回しに徹した会見を聞く限り、今後の市場環境次第ながら、YCCの早期修正は後ずれ、ゼロ金利脱却はさらに後ずれという印象です。

植田新体制の会見内容については報道などの通りですが、YCCについては植田新総裁から継続が適切との説明もあり、4月の会合での修正や撤廃の可能性は低下したと見られます。植田新総裁は市場との対話が基本となるフォワードガイダンス(将来の金融政策の方針)を重視していると見られ、前任者とは異なるスタンスと思われます。

また、会見で昨年12月のYCC修正を受け、イールドカーブの形状は改善したと指摘していたことも、政策変更を急がないサインと見ています。

もっとも、YCCは事前告知がやりにくい政策である点は割り引く必要はあり、可能性は完全にゼロではないと見られます。当面の判断の目安については落ち着きを取り戻したとはいえ依然懸念が残る金融不安の動向や、米国の金融政策、日米の景気動向、YCCがないと仮定した場合の日本10年国債の想定される利回り水準など様々な要因があげられます。なお、YCCがないとした場合に想定される10年国債利回りの参考値の一つである10年物の翌日物金利スワップ(OIS)は0.6%台で推移しており、一時に比べYCC上限との差異は縮小しているようにも見られます。

次に、さらに後ずれが想定されるのがマイナス金利からの脱却です。YCCが市場機能の回復を理由に昨年12月に修正されたのと異なり、マイナス金利の脱却は、金融政策の観点から決定されると見られるからです。その場合に判断のカギとなるのはインフレ動向です。植田総裁は基調的なインフレ率がまだ2%に達していないという認識です。なお、今年の春闘での賃上げ率に前向きな評価をする一方で、賃上げが今後も続くのか見極める必要があるとも述べています。マイナス金利からの脱却はまだ先と見たほうがよさそうです。

共同声明の行方にも注目

政府・日銀の共同声明については当面維持されることが想定されます。植田総裁は、10日に岸田首相と初会談し、植田総裁は、「政府と日本銀行の共同声明について、直ちに見直す必要はないとの認識で一致した」と会談後に記者団に述べているからです。しかし、共同声明はデフレ脱却と持続的な経済成長の実現のためがタイトルとなっているように、見直しの必要があるように思われます。


共同声明ができた当時、日銀は2年で2%とインフレ目標達成の時期を示唆していました。筆者はこれを聞いたときに違和感を覚えました。インフレの原因には金融政策で対応しにくいものもあります。例えば、サプライチェーンの混乱や外交上の理由による資源価格の上昇など主に供給サイドの要因です。 「2年で2%」には、どこかインフレについては金融政策で対応可能と感じられるようなニュアンスがあったようにも思われます。

植田総裁は金融政策が有効なのは需要サイドという点を会見で述べており、役割分担への期待も高まります。植田総裁は金融政策決定会合とは別の形で政策の点検や検証を行う必要性を指摘しています。共同声明の短期的な見直しには否定的でも、政府と日銀の役割などの再定義ができるのであれば悪いことではないと思います。

ただし、共同声明がいたずらに金融緩和政策を維持させるために使われることがないかについて、 注意を払い続ける必要はありそうです。


梅澤 利文
ピクテ・ジャパン株式会社
ストラテジスト

日系証券会社のシステム開発部門を経て、外資系運用会社で債券運用、仕組債の組み入れと評価、オルタナティブ投資等を担当。運用経験通算15年超。ピクテでは、ストラテジストとして高度な分析と海外投資部門との連携による投資戦略情報に基づき、マクロ経済、金融市場を中心とした幅広い分野で情報提供を行っている。経済レポート「今日のヘッドライン」を執筆、日々配信中。CFA協会認定証券アナリスト、日本証券アナリスト協会検定会員(CMA)


●当資料はピクテ・ジャパン株式会社が作成した資料であり、特定の商品の勧誘や売買の推奨等を目的としたものではなく、また特定の銘柄および市場の推奨やその価格動向を示唆するものでもありません。
●運用による損益は、すべて投資者の皆さまに帰属します。
●当資料に記載された過去の実績は、将来の成果等を示唆あるいは保証するものではありません。
●当資料は信頼できると考えられる情報に基づき作成されていますが、その正確性、完全性、使用目的への適合性を保証するものではありません。
●当資料中に示された情報等は、作成日現在のものであり、事前の連絡なしに変更されることがあります。
●投資信託は預金等ではなく元本および利回りの保証はありません。
●投資信託は、預金や保険契約と異なり、預金保険機構・保険契約者保護機構の保護の対象ではありません。
●登録金融機関でご購入いただいた投資信託は、投資者保護基金の対象とはなりません。
●当資料に掲載されているいかなる情報も、法務、会計、税務、経営、投資その他に係る助言を構成するものではありません。

手数料およびリスクについてはこちら



関連記事


メキシコペソの四苦八苦

10月の中国経済指標にみる課題と今後の注目点

米CPI、インフレ再加速懸念は杞憂だったようだが

注目の全人代常務委員会の財政政策の論点整理

11月FOMC、パウエル議長の会見で今後を占う

米大統領選・議会選挙とグローバル市場の反応