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ECB議事要旨:利下げ見通しとユーロ圏経済の勘所
梅澤 利文
2024/05/13

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概要

欧州中央銀行(ECB)の議事要旨によると、4月の理事会では大多数が政策金利の据え置きを支持した一方で、インフレ鈍化などを理由に一部は利下げを支持していました。4月の理事会後に発表されたユーロ圏の消費者物価指数でサービス価格の鈍化や、企業がこの先賃上げに慎重なこと、ユーロ安の底割れが回避されていることなど、6月の利下げ開始を後押しする要因は徐々に増えている印象です。




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4月のECB理事会の議事要旨で、少数ながら利下げが支持された

欧州中央銀行(ECB)が5月10日に、4月10~11日の政策理事会の議事要旨を公表しました。政策金利(中銀預金金利)について議事要旨では「大多数」が4%に据え置くことを支持したことが示されました。一方で、インフレ鈍化が実質金利を押し上げ、金融が引き締まっている可能性があることから、一部のメンバーは4月の理事会での利下げを支持していたことが示されました。

欧州連合(EU)統計局が4月30日に発表した4月のユーロ圏の消費者物価指数(HICP)は、速報値で前年同月比2.4%上昇と、伸び率は3月と同じで、価格変動の大きい食品やエネルギーを除いたコア指数は2.7%上昇と、前月の2.9%上昇を下回りました(図表1参照)。

ユーロ圏のインフレ率、サービス価格にも鈍化の兆しがようやく見られた

4月10~11日の理事会後、ECBのラガルド総裁は次回(6月)の理事会での利下げ開始の可能性を示唆した一方で、4月の理事会での利下げを支持する声があったことも会見で説明しており、その点では、今回の議事要旨に会見などで示された以外の新しい情報ほとんどない印象です。ただし、金融政策を判断するうえで重視した経済指標については参考となるものも見られました。

インフレ率については、ユーロ圏のインフレ率が鈍化傾向との認識は共有されていました。しかし、サービス価格は4月の理事会で参照した3月分が前年同月比で4.0%上昇と高止まりしていたことから警戒感が示されました。しかし、先月末に発表された4月のサービス価格は3.7%上昇と3月分を下回り、サービス価格に鈍化の兆しが見られます。

次にユーロ圏のインフレ率を国別に並べ、上位、下位各々3ヵ国を取り出すと、インフレ率が低い3ヵ国は物価目標(2%)を十分下回っています(図表2参照)。上位3ヵ国の水準はまだ高いものの、1年前には10%台と2桁のインフレ率を記録する国があったころとは様変わりです。上位、下位ともにインフレ率が低下している様子です。

ECBはユーロ圏の労働市場の底堅さを認識しているが、一部に緩和の兆し

ECBが4月の理事会で政策金利据え置きにとどめた理由の1つは労働市場の底堅さです。労働市場の堅調さを示す経済指標として、ユーロ誕生以来の最低水準で推移する失業率(3月は6.5%)を挙げています。また、ようやく緩和の兆しは見られたものの、賃金の伸びは依然高水準です。

しかし、議事要旨ではECBが重視する賃金の先行指標(先行性が高いとみられる転職サイトのデータによる賃金動向)や、企業への聞き取り調査(CTS)により、企業が今後の賃上げに慎重なことも指摘しています。また、労働市場の過熱度合いを反映する傾向がある欠員率(求人数を労働者数で除したもの、図表3参照)は最近になり低下傾向で、労働市場の過熱感が和らいでいることを同様に指摘しています。ユーロ圏の労働データは更新が遅いことや、サンプル数の少なさなど問題が多いことから、ECBは聞き取り調査など様々なデータを補完的に用いて、労働市場を分析しています。議事要旨に示された労働市場に対する総合的な判断は、緩和方向との見方に自信を深めているようです。

最後に今回の議事要旨では、米国とユーロ圏のインフレ要因の違いなどに言及しています。3月までの米国のインフレ率が市場予想を上回った点などを指摘し、(具体的には述べていませんが)特殊要因で押し上げられた可能性もあるとしています。またユーロ圏はエネルギー価格など供給要因がインフレ率を押し上げたのに対し、米国は需要が押し上げ要因として作用したと違いを説明しています。米国とユーロ圏が需要と供給とで分かれるのか、筆者には判断しがたい点もありますが、ここで言及しているのは、米国に先んじて利下げをした場合に想定されるユーロ安懸念を払しょくすることを意図したものと考えます。

ユーロは4月の理事会で6月の利下げ開始を示唆した後に下落しました(図表4参照)。しかし、その後利下げ期待により景気先行指数が改善したことなどから底打ちし、今のところユーロの底割れは回避されています。ECBは為替を議論しないことを建前としていますが、過度なユーロ安には神経質になっていると思われます。ユーロ圏の貸出しが低調なことなど、ECBが利下げを急ぎたい材料も多いだけに、ユーロの底堅さが続けば、6月利下げ開始の新たなサポート要因となりそうです。


梅澤 利文
ピクテ・ジャパン株式会社
ストラテジスト

日系証券会社のシステム開発部門を経て、外資系運用会社で債券運用、仕組債の組み入れと評価、オルタナティブ投資等を担当。運用経験通算15年超。ピクテでは、ストラテジストとして高度な分析と海外投資部門との連携による投資戦略情報に基づき、マクロ経済、金融市場を中心とした幅広い分野で情報提供を行っている。経済レポート「今日のヘッドライン」を執筆、日々配信中。CFA協会認定証券アナリスト、日本証券アナリスト協会検定会員(CMA)


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