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ユーロ圏妥結賃金が6月の利下げに影響しない理由
梅澤 利文
2024/05/27

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概要

欧州中央銀行(ECB)は、 1-3月期の妥結賃金が前年同期比で4.69%上昇になったと発表しました。前期を上回り、賃金再加速も懸念される結果でした。しかし、内容を見ると今回の妥結賃金が上昇したのは、物価上昇で失われた購買力を補う一時金の影響と見られ、6月の利下げ開始予想への影響は限定的と思われます。しかし、追加利下げのシナリオには何らかの影響も考えられます。




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1-3月期のユーロ圏妥結賃金は23年10-12月期を上回った

欧州中央銀行(ECB)は5月23日に、1-3月期の妥結(交渉)賃金を発表しました。前年同期比で4.69%上昇し、前四半期の4.45%上昇を上回り、過去最高を記録した23年7-9月期の4.70%上昇にほぼ並びました(図表1参照)。

ユーロ圏の1-3月期の妥結賃金が上昇した背景は高騰する生活費を補うための一時金(ドイツ)が主な押し上げ要因と見られます。ドイツ連邦銀行が22日発表した月報で、労使交渉の結果を受けた妥結賃金は1-3月期が前年同期比で6.2%上昇していました。市場予想を大幅に上回っており、ドイツの一時金の影響の大きさがうかがえます。

1-3月期の妥結賃金を受けても6月利下げ開始見通しに影響はないようだ

インフレ率の低下傾向などを背景に、市場はECBが6月の政策理事会で利下げを開始すると予想しています。ECB理事会のメンバーの発言からも、6月利下げ開始が支持されています。そうした中で発表された、1-3月期のユーロ圏の妥結賃金は再加速しましたが、6月の利下げ開始シナリオに影響を与える可能性は低いと思われます。

まず、1-3月期のユーロ圏の妥結賃金発表後に報道されたECB理事会メンバーの主な発言を見ても、6月利下げ開始に異議を唱える声は無いようです(図表2参照)。ビルロワドガロー・フランス中央銀行総裁やセンテノ・ポルトガル中銀総裁はハト派(金融緩和を選好)的な発言をすることが多く、今回もそれに沿ったコメントと見られます。一方、タカ派(金融引き締めを選好)で知られるドイツ連邦銀行(中央銀行)のナーゲル総裁であっても6月の利下げ開始の見方を維持している模様です。

ドイツ製造業が低調なことから、ナーゲル総裁はタカ派色を出しにくいという事情もありそうです。

しかし、追加利下げは、7月の理事会では見送り9月まで待つ必要があると述べ、タカ派色をにじませています。1-3月期の妥結賃金発表後のECBメンバーの主な発言を見る限り、今回の妥結賃金の6月の利下げ開始見通しへの影響は限定的と言えそうですが、追加利下げのペースには影響を与える可能性がありそうです。

妥結賃金を補足する指標は、賃金上昇圧力低下を示唆するが疑問も残る

1-3月期の妥結賃金上昇が利下げ開始を妨げない理由は、ドイツで支払われた一時金(ドイツ公共部門で1920ユーロ、32万6千円程度)により押し上げられたという点は市場もECBもある程度認識していたようです。妥結賃金の変動要因は主に「一時金」と「賃金交渉の結果」で構成されています。このうち、過去のインフレで失った購買力の埋め合わせとして払われる一時金は、ユーロ圏のインフレ率が低下傾向となっていることから、賃金を押し上げる力としては短期的と見られそうです。

妥結賃金の影響が小さい理由として、緩やかな賃金鈍化が中期的に想定されることが挙げられます。ECBが賃金指標として重視する妥結賃金にはデータ更新が遅いという欠点もあります。ユーロ圏の労使間賃金交渉が年単位で行われるためで、物価など足元の経済動向の反映に時間がかかる傾向があります。この点を補足するため、ECBは様々な賃金トラッカーを開発しています。そのうちの1つが、求人広告大手のデータを利用した賃金トラッカーで(図表3参照)、妥結賃金の先行指標と見られています。これによると、先行きの賃金鈍化が示唆されています。ただし、賃金トラッカーは24年の賃金の伸びはコロナ禍前を上回り続けることも示唆している点に注意は必要です。

ECBは企業に賃金や価格転嫁をアンケートで問い合わせて賃金指標を補足することも行っています。ECBは3月(11日~19日)に非金融法人への聞き取り調査を実施しました。調査対象とした企業の24年の賃金の伸びは4.3%で、23年の5.4%から鈍化する見通しであることが判明しています。

次に、幅広い企業を対象とした別の調査(SAFE)では、企業の価格転嫁(今後1年で製品単価をどの程度押し上げるかの平均)の予定を見ても、前回調査(23年12月)は4.5%上昇であったのに対し、今回(24年3月)の調査では3.3%上昇へと鈍化し、値上げにやや消極的なことが示されました。

SAFEで対象企業に同期間の賃金上昇率を問い合わせたところ、今回の調査では3.8%上昇と、前回調査の4.5%上昇から鈍化し、24年の賃金は水準は高いものの、上昇圧力はこれまでに比べ弱まる可能性があることも示されました。

ユーロ圏のインフレ率は低下傾向で、企業の資金需要も弱いことから、6月の利下げ開始の公算が高まっています。一方、追加利下げについては賃金トラッカーや企業へのアンケートを見ても、賃金の伸びは当面コロナ禍前を上回りそうです。このような状況から、追加利下げの回数は、今後のデータ次第ながら、2回~3回程度にとどまる可能性があると筆者は見ています。


梅澤 利文
ピクテ・ジャパン株式会社
ストラテジスト

日系証券会社のシステム開発部門を経て、外資系運用会社で債券運用、仕組債の組み入れと評価、オルタナティブ投資等を担当。運用経験通算15年超。ピクテでは、ストラテジストとして高度な分析と海外投資部門との連携による投資戦略情報に基づき、マクロ経済、金融市場を中心とした幅広い分野で情報提供を行っている。経済レポート「今日のヘッドライン」を執筆、日々配信中。CFA協会認定証券アナリスト、日本証券アナリスト協会検定会員(CMA)


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