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S&P、インドの格付け見通しをポジティブに引き上げ
梅澤 利文
2024/05/31

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概要

米大手格付け会社のS&Pグローバル・レーティングスはインドのソブリン格付け見通しを「安定的」から「ポジティブ」に引き上げると発表しました。インドの経済ファンダメンタルズが改善し、財政改革も進展が見込めることが主な理由です。インドでは4月に総選挙の投票が開始されましたが、S&Pは投票結果にかかわらず、インド経済の改善と財政改革が幅広く継続されると見込んでいるようです。




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S&Pがインドの格付け見通しを「安定的」から「ポジティブ」に引き上げた

米大手格付け会社のS&Pグローバル・レーティングス(S&P)は5月29日、インドのソブリン格付け見通しを「安定的」から「ポジティブ」に引き上げました。格付けは「BBB-」に据え置いています。格付け見通しの引き上げは、今後2年間に格付けが引き上げられる可能性があることを示唆しています。

S&Pはインドの格付け見通しを引き上げた主な理由として、インドの健全な経済ファンダメンタルズ(基礎的条件) が今後2-3年の成長モメンタムを下支えするとの見方などを挙げています。

格付け見通し引き上げの発表を受けた後、インド国債利回りは小幅ながら低下(価格は上昇)しました(図表1参照)。

インドの経済成長率の力強い実績と見込みが格付け見通し引き上げ要因

インドの格付けを他の大手格付け会社についても確認すると、ムーディーズ・インベスターズ・サービスは「Baa3( BBB-に相当)、フィッチ・レーティングスも「BBB-」で、S&Pと同じ格付けとなっています。通常、投資適格債の最低格付けはBBB-です。格付け大手3社はインドの格付けを投資適格債の下限としています。インド国債は23年9月に世界的な新興国債券指数(JPモルガンEMBI、GBI-EM等)への組み入れが発表(組み入れ開始は24年6月末)されてから、足元まで利回りは概ね低下傾向です。S&Pは過去、インドの格付け見通しを引き上げた後は格上げを行うことが多かっただけに、格付けがBBB-のインド国債にとり今回の格付け見通しの引き上げは朗報と思われます。S&Pはインドの見通しを引き上げた理由として、同国のGDP(国内総生産)の力強い成長を挙げています(図表2参照)。インドの過去3年の経済成長率は年平均で8%を超え、向こう3年についても平均で7%を超える成長をS&Pは見込んでいます。S&Pは24年のインドの成長率を6.8%と見込んでいますが、国際通貨基金(IMF)の世界経済見通し(24年4月発表)でも、24年のインドの成長率予想は6.8%と同水準が見込まれています。

S&Pがインドの格付け見通しを引き上げた別の理由として、財政改革を挙げています。S&Pは声明文で、従来インドの信用格付けを評価するうえで、財政の脆弱さがネックであったと指摘していますが、最近のインドの財政運営に定性的、定量的な改善点を見出しています。

定性的には歳出内容に改善が見られます。歳出先として将来の経済成長の押し上げ要因となりうるインフラ投資が重視されるようになったからです。インフラ投資により道路や通信網などの基盤がさらに整備されることになれば、インド経済のボトルネックが解消に向かうとの期待が高まります。

定量面では、インド政府が取り組む財政改革により、財政赤字対GDP比率の低下(改善)見通しが挙げられます。インドのモディ政権は2月1日に発表した24年度(24年4月~25年3月)の予算案で(図表3参照)、24年度の財政赤字対GDP比率を5.1%に設定したうえ、25年度は4.5%より低い水準に引き下げる方針を示しました。財政赤字削減に対する姿勢が感じられます。

24年度予算案の発表はインドの総選挙(4月19日~6月1日)前であったこともあり、票田となる農村部への現金支給なども含まれてはいますが全体的にはバランスが取れた内容と見られます。S&Pはインドが財政健全化の原則に従い財政改革を進めると見込んでおり、結果として、インドの債務残高対GDP比率は23年度85%から27年度には81%へ低下(改善)すると見込んでいます。

インド総選挙の開票作業は6月4日に開始が予定されている

インドでは4月から総選挙の投票が開始され、6月4日に開票が予定されています。総選挙は3期目を目指すモディ首相率いる与党、インド人民党と最大野党、国民会議派を中心とする野党連合が全国543の議席を争っています。これまでの世論調査や、モディ政権の実績から、インド人民党が過半数を確保する公算が大きいと見られています。勝敗ラインはインド人民党が19年の選挙で獲得した303議席以上を確保できるかが注目されています。

S&Pがインドの格付け見通しを引き上げたのは、総選挙の結果が判明する前という、ある意味異例の対応でした。おそらく、背景にはインド人民党の優勢は動かしがたいという見込みがあったのだろうと思われます。S&Pは声明文で総選挙の結果にかかわらず、経済改革と財政政策は幅広く継続されることを見込んでいると説明していますが、選挙戦が接戦であったなら、発表のタイミングは違っていたかもしれません。

ムーディーズとフィッチはインドの格付け見通しを「安定的」としていますが、総選挙の結果が今後明らかとなった時の両社の反応に注目しています。


梅澤 利文
ピクテ・ジャパン株式会社
ストラテジスト

日系証券会社のシステム開発部門を経て、外資系運用会社で債券運用、仕組債の組み入れと評価、オルタナティブ投資等を担当。運用経験通算15年超。ピクテでは、ストラテジストとして高度な分析と海外投資部門との連携による投資戦略情報に基づき、マクロ経済、金融市場を中心とした幅広い分野で情報提供を行っている。経済レポート「今日のヘッドライン」を執筆、日々配信中。CFA協会認定証券アナリスト、日本証券アナリスト協会検定会員(CMA)


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