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ブラジル中銀、利下げ路線から据え置き路線へ
梅澤 利文
2024/06/20

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概要

ブラジル中銀は23年8月の金融政策決定会合から前回会合まで連続して利下げを行ってきましたが、今回の会合では据え置きを決定しました。主な背景として、米国の利下げ開始の遅れ、ブラジルの物価見通しの悪化(上方修正)、政治など挙げられます。これらはレアル安の原因となり輸入インフレ再加速にも影響しはじめています。ブラジル中銀は当面政策金利を据え置く方針に転じたと見ています。




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ブラジル中銀、市場予想通り政策金利の据え置きを決定

ブラジル中央銀行は6月18~19日に開催した金融政策決定会合(Copom)で、市場予想通り政策金利を10.50%に据え置くことを決定しました(図表1参照)。今回の会合では9人の委員が全員一致で据え置きを支持しました。

ブラジル中銀は23年8月会合から利下げを開始し、24年3月会合までは0.5%の利下げ幅としていました。しかし、前回の会合(5月7~8日)では、5名が0.25%、4名が0.50%の利下げを支持し、委員の意見が分かれる中、利下げ幅を0.25%に縮小させました。今回の会合では全員一致で政策金利の据え置きを決めるとともに、当面の据え置きが示唆されています。

米国の利下げ開始時期の後ずれや物価見通し悪化が据え置きの背景

ブラジル中銀が23年8月に利下げを開始してから、通貨レアルは対ドルで下落基調です。今回の会合で利下げ停止を決定したのも、レアル安抑制が主な背景とみられますが、そのポイントについて、ブラジル中銀の声明文などを参考に述べます。

1点目は、米国の金融緩和の遅れが挙げられます。24年年初、市場の一部は米連邦準備制度理事会(FRB)が3月にも利下げを開始すると見込んでいました。しかしインフレ鈍化のペースは緩やかで、利下げ開始時期の見通しは後ずれが続きました。こうした中、ブラジルと米国の金利差縮小がレアル安要因となっていたことから、ブラジル中銀は据え置きに転じたと見られます。

2点目はブラジルのインフレ見通しの悪化です。ブラジルの消費者物価指数(IPCA)は5月が前年同月比約3.93%上昇と、前月の約3.69%上昇を上回り、昨年後半からの物価減速傾向から再加速に転じました(図表2参照)。輸入物価指数の伸びはレアル安の影響などを背景に、年初からすでに上昇傾向です。

こうしたことから、ブラジル中銀はインフレ見通しを前回の会合に引き続き、上方修正しました。6月の会合で示されたインフレ見通しは24年が4.0%、25年が3.4%と、前々回の3月会合で示した24年の3.5%、25年の3.2%からいずれも引き上げられています。

ブラジルの物価が再加速している背景はレアル安以外にも、国内要因としてタイトな労働市場を背景として想定以上にサービス価格が高止まりしている点をブラジル中銀は指摘しています。

なお、ブラジル南部で4月下旬に起きた洪水の影響による食料品価格への影響も懸念されています。同地域は主要な穀物生産地域でもあるからです。ブラジル中銀はインフレ率の低下に伴い利下げを進めてきましたが、足元の物価上昇とブラジル中銀の物価見通し引き上げから、利下げ路線に再考が求められたようです。

ブラジル中銀は財政悪化の物価への影響などにも配慮する構え

3点目は政治関連です。声明文は淡々とした表現に抑えていますが、ブラジル中銀はルラ政権が財政規律を遵守するのか注意深く見守っています。ブラジルの財政赤字対GDP(国内総生産)比率は足元9%台と深刻な状況です(図法3参照)。財政悪化はレアル安要因となっており、ブラジル中銀としては直接手出しはできないとしても、財政規律を遵守するよう声をあげ働きかけています。

昨年ルラ政権は財政改革に取り組む姿勢を示しました。この動きを評価して、昨年7月にフィッチ・レーティングスが、昨年12月にはS&Pグローバル・レーティングがブラジル国際の格付けを引き上げました。しかし、最近になりルラ政権は財政改革への意欲が低下しているように見られます。その象徴的な例は、財政改革の主要な目標であった基礎的財政収支(プライマリーバランス、PB)対GDP比率(25年に0.5%の黒字、26年に1.0%の黒字)を4月15日に引き下げたことです。同比率の新たな目標は25年に均衡(ゼロ%)させ、26年に0.26%へ黒字転嫁させるもので、明らかに財政改革の遅れと受け止められます。今年4月にレアル安が急速に進行したのはまさにこれが背景で、ブラジル中銀も財政政策に無関心ではいられないでしょう。

なお、レアル安の要因となった別の政治関連の問題として、ルラ政権が行った国営石油会社の人事への不透明な介入も挙げられます。この件では同社の経営最高責任者(CEO)が事実上更迭されており、レアルにとりマイナス要因と思われます。

レアル安、物価見通しの悪化と政治が利下げを停止した背景とみています。ただし、ブラジルの実質金利は大幅なプラスであることから、現状の政策金利では景気の押し下げが懸念されるうえ、財政状況も悪化していることから、可能な限り利上げは回避すると思われます。したがって、当面は政策金利を据え置く可能性が高いように思われます。


梅澤 利文
ピクテ・ジャパン株式会社
ストラテジスト

日系証券会社のシステム開発部門を経て、外資系運用会社で債券運用、仕組債の組み入れと評価、オルタナティブ投資等を担当。運用経験通算15年超。ピクテでは、ストラテジストとして高度な分析と海外投資部門との連携による投資戦略情報に基づき、マクロ経済、金融市場を中心とした幅広い分野で情報提供を行っている。経済レポート「今日のヘッドライン」を執筆、日々配信中。CFA協会認定証券アナリスト、日本証券アナリスト協会検定会員(CMA)


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