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フランス下院選挙、極右は勝ち組から負け組へ
梅澤 利文
2024/07/09

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概要

フランスの国民議会選挙の第1回投票で、極右政党「国民連合」が得票率で首位に立ち、財政悪化などが懸念されました。しかし決選投票で左派連合とマクロン大統領率いる与党連合が選挙協力を進めたことが功を奏し、国民連合の獲得議席は第3位にとどまりました。フランス国民はマクロン政権への批判と移民政策への期待から右派政党を支持しましたが、政権獲得には不安感が先に立ったようです。




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フランス下院選挙、決選投票で極右政党の勢力が抑えられた

フランスで7月7日に国民議会(下院、定数577)の決選投票(第1回投票は6月30日)が投開票されました。投票の結果、第1回投票の得票率では2位につけていた「左派連合」の新人民戦線(NFP)が最大議席を獲得しました(図表1参照)。マクロン大統領が率いる中道の「与党連合」は第1回投票の得票率では3位にとどまりましたが、獲得議席では2位となりました。

一方、第1回投票の得票率の高さから第1党になると見られていたルペン氏率いる極右の「国民連合」(RN)は3位にとどまりました。 「左派連合」と「与党連合」が決選投票で選挙協力したことで、極右政党を第3勢力に抑え込んだ形です。

フランスの政治的な混乱は欧州議会選挙が発端

フランス下院選挙の結果を受けて市場には落ち着きが見られました。ユーロは小幅な動きにとどまり、市場の不安感を反映して拡大していたフランス国債とドイツ国債の利回り格差(スプレッド)は縮小しました(図表2参照)。

市場の懸念がやや弱まった背景として、極右政権が第1党となった場合に懸念された財政悪化への不安が後退したことが挙げられます。また、バラマキ政策の懸念が強いされる「左派連合」が第1党となったものの、獲得議席数は過半数(289議席)には遠く及ばないことも目先の懸念を弱めた背景と見られます。

「国民連合」が第1党になれなかった理由は、第1回投票の結果、極右政権(首相選出)の可能性が出たことに対し、501議席が争われた決選投票で 「左派連合」と「与党連合」の候補者一本化の選挙協力が機能したからです。

特に、フランス国民の極右政権誕生への嫌悪感が想定より強かったことも見逃せません。この点についてポイントを述べます。

今夏のフランス政治の混乱は6月月初の欧州議会選挙で右派勢力が躍進したのが事の始まりです。全体としては親欧州連合(EU)の会派が過半数を維持しました。しかし、欧州議会7会派のうち、国民連合などで構成される右翼会派「アイデンティティーと民主主義(ID)」や、イタリアのメローニ首相が結党した「イタリアの同胞」などで構成される右派の「欧州保守改革(ECR)」が躍進しました。

一方、欧州議会選挙では、マクロン大統領が率いる「再生」などで構成される欧州刷新は票が伸びず、マクロン大統領の与党・再生は、右派の「国民連合」に敗北しました。マクロン大統領の(乱暴とも見える)政策運営に対するフランス国民の不満が高まっていたことから、欧州議会選挙を通じてマクロン大統領にお灸をすえたと見られます。しかし、国政ともなると話は別でした。フランス国民はイタリアのように右派政権への準備はできていなかったようにも見られます。

極右政党が政権に近づくことに対しフランス国民は拒否反応

イタリアでは右派のメローニ首相が22年10月に首相に就任し、現在まで政権運営を行っているのだから、フランスも右派政権という安易な連想はそもそも間違いである可能性があります。まず、メローニ首相は極右政党、国民連合の実力者であるマリーヌ・ルペン氏と一緒にされることを極端に嫌っています。あるフランスの閣僚がメローニ首相をルペン氏になぞらえたところ、メローニ首相はマクロン大統領に猛烈な抗議を行ったというエピソードが報道されています。欧州議会選挙を見ても、右派と同一視されやすい「アイデンティティーと民主主義(ID)」と、「欧州保守改革(ECR)」の主張の隔たりは大きく、両派の溝は深いと見られます。

メローニ首相とルペン氏の略歴にも違いがあります。メローニ首相は15歳でファシスト党の流れをくむ政党(イタリア社会運動)の青年組織に加入しましたそこで知り合った人々が複雑な家庭環境であること、政党がそのような彼らの居場所となっていることが政治活動の原点と見られます。極右のレッテルが張られた背景には過去の自身の発言や、政党が極右の流れをくむからでしょうが、これまでの政策運営などから判断すると、極右のレッテルには無理があるように思われます。

フランスの極右政党、「国民連合」の党首は若いバルデラ氏ですが、元党首のマリーヌ・ルペン氏が実力者です。 「国民連合」はマリーヌ・ルペン氏の父親が1972年に設立した「国民戦線」が前身で、80年代からは反移民に政策の軸足を置き、差別主義的な主張もあって「極右」と呼ばれました。マリーヌ氏は「国民連合」から極端な移民排斥やEU離脱といった主張を封印し、ソフト路線を推し進めてきました。バルデラ党首を前面に押し出したり、18年に党名を現在の「国民連合」に変更したのも、ご自身に付きまとう極右のイメージを一新する試みと見られます。

メローニ首相はたたき上げの政治家として現在の地位を築き、現実路線の政策運営を行ってきました。政策も経歴も異なるマリーヌ・ルペン氏と同一視されるのは不愉快なのでしょう。

マクロン政権の強引な政策運営と、増え続ける移民への不満の受け皿として欧州議会選挙で躍進した極右の「国民連合」ですが、いざ政権に近づくと拒否反応にも強いものがありました。イメージだけでは極右の危うさへの不安は容易には消えないようです。マリーヌ・ルペン氏は27年の大統領選挙を視野にしているとは思われますが、さらなる変革が求められそうです。


梅澤 利文
ピクテ・ジャパン株式会社
ストラテジスト

日系証券会社のシステム開発部門を経て、外資系運用会社で債券運用、仕組債の組み入れと評価、オルタナティブ投資等を担当。運用経験通算15年超。ピクテでは、ストラテジストとして高度な分析と海外投資部門との連携による投資戦略情報に基づき、マクロ経済、金融市場を中心とした幅広い分野で情報提供を行っている。経済レポート「今日のヘッドライン」を執筆、日々配信中。CFA協会認定証券アナリスト、日本証券アナリスト協会検定会員(CMA)


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