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ムーディーズ、トルコの格付けをB1に引き上げ
梅澤 利文
2024/07/22

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概要

ムーディーズはトルコの外貨建て長期債格付け等をB3からB1に引き上げました。トルコ中央銀行の金融政策が正常化したことや対外ポジションの改善が主な理由です。「インフレ率を下げるには金利を下げるべき」という考えのエルドアン大統領の下で金融政策は政治的圧力を受けてきましたが、選挙の洗礼を受けたことで政策の正常化に向け始めましたが、今後はその持続性が問われることになりそうです。




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米格付け会社のムーディーズはトルコのソブリン格付けを引き上げた

米格付け会社のムーディーズ・インベスターズ・サービス(ムーディーズ)は7月19日にトルコの長期債格付け(自国通貨建て、外貨建て共に)等をB3(B-に相当)からB1(B+に相当)に格上げしました。見通しは強含み(ポジティブ)としています(図表1参照)。

ムーディーズが前回トルコの外貨建て長期債格付けを引き上げたのは13年5月でした。トルコの格付けはそれ以降、一貫して引き下げられてきましたが、今回ようやく格上げとなりました。ムーディーズは声明文でトルコを格上げした背景として、トルコ中央銀行の金融政策運営が正常化しつつあることを指摘しています。トルコ中央銀行は高止まりするインフレ率の抑制に向け、24年4月に政策金利を50%にまで引き上げました。

これまでのトルコの金融政策に見え隠れした大統領の圧力

ムーディーズはトルコの格上げ理由として、金融政策以外の要因として対外ポジションの改善も挙げています。具体的には経常赤字の縮小や、外貨準備高の増加などを指摘しています。

しかし、ムーディーズは格上げの主要な理由としているのは、やはり金融政策の正常化です。トルコの過去10年の消費者物価指数(CPI)と政策金利の推移を簡単に振り返りながら、これまでの格付け変更との関連を述べます(図表2参照)。

①18年5月に政策金利を8%から16.5%に引き上げ、9月には24%としました。エルドアン大統領の強硬姿勢を背景に、米国とトルコの関係が悪化したことが18年8月の「トルコショック」の引き金となり、トルコから資金流出が加速し、トルコ中銀は大幅な利上げに追い込まれました。

②19年7月に政策金利を24%から19.75%へと市場予想を上回る利下げ幅で利下げを開始しました。一見するとインフレ率も鈍化しており、通常の判断に見られます。しかし問題なのは、この背景にエルドアン大統領の介入があったことです。当時のトルコ中銀チェティンカヤ総裁は16年の就任以来タカ派(金融引き締めを選好)姿勢を維持していました。しかし「インフレ率を下げるには金利を下げるべき」という独特の理論を主張するエルドアン大統領はチェティンカヤ氏を解任し、代わりに就任したウイサル新総裁(当時)の下で利下げが実施されました。大統領の圧力に屈した形での利下げと市場に見透かされ、トルコの信用格付けはこの頃にダブルB格(Bが二つ)からシングルB格(Bが一つで信用力は低い)へ引き下げられました。

③トルコのインフレ率は19年後半から再加速し、20年は2桁の伸びが定着しました。20年11月にトルコ中銀総裁に就任したタカ派のアーバル総裁(当時)は就任早々政策金利を10.25%から15%に引き上げたうえ、金融政策の透明性を高めることも表明しました。国際通貨基金(IMF)はアーバル体制下の金融政策運営に期待する報告書を発表するなど、市場は好意的に同氏の政策運営を見守っていました。しかし、エルドアン大統領は21年3月にアーバル氏の解任を発表しました。

アーバル氏の後任のカブジュオール総裁(当時)は21年3月の就任から23年6月の退任まで一度も利上げを行いませんでした。トルコのインフレ率は22年年央には前年同月比80%台で推移しましたが、利上げをしなかったことになります。

22年にインフレ率が急上昇した背景にはエネルギー価格の急騰やサプライチェーン混乱など供給要因が主体で、中央銀行の対応策に限界があった面もあるのかもしれません。しかしながら、金利を下げ続けるというのは、市場には受け入れがたい対応で、通貨リラ安が進行しました。

ムーディーズも22年8月にトルコの格付けをシングルB格で最も低いB3(B-に相当)としました。

選挙の洗礼を受け、経済や金融政策正常化が重視されるようになったが

④23年5月に大統領選挙の決選投票の末、エルドアン大統領は再選を果たしました。経済の正常化や民主主義の強化を訴える野党候補に選挙では苦戦を強いられました。これを受け、6月にエルドアン大統領はトルコ中銀カブジュオール氏の後任にエルカン氏を総裁に指名しました。経済正常化の必要性を痛感した人事と思われます。エルカン氏が率いたトルコ中銀は政策金利を45%にまで引き上げました。エルカン氏が辞任したことで、エルドアン大統領は24年2月に後任に現職のカラハン総裁を指名しました。カラハン総裁も金融政策正常化に前向きで、政策金利を50%にまで引き上げ、当面高金利を維持するとしています。

金融政策の正常化を受け、ムーディーズはトルコのCPIは24年末には前年同月比で45%、25年末には30%にまで低下すると見込んでいます。

なお、図表2にあるようにトルコのインフレ率は、22年とは別に23年以降も上昇傾向となっています。この背景は22年と23年に最低賃金の大幅引き上げが実施された結果です。このような大幅引き上げは今後予定されていないことも、インフレ率の押し下げに寄与するとムーディーズは見ています。

金融政策の正常化は、政治リスクの低下と裏腹です。エルドアン大統領は14年に大統領に就任しましたが、18年7月には憲法改正により実権を握る大統領(任期5年)に就任しました。23年に再選されたことから次の選挙は28年まで予定されておらず、当面は現状のスタンスを維持することをムーディーズは見込んで(期待して)います。

しかし、仮に高金利政策の影響で景気が悪化した場合に金融政策への圧力が再び高まるリスクも指摘しています。トルコについては期待を持ちつつも用心深く見守ることが肝要なようです。


梅澤 利文
ピクテ・ジャパン株式会社
ストラテジスト

日系証券会社のシステム開発部門を経て、外資系運用会社で債券運用、仕組債の組み入れと評価、オルタナティブ投資等を担当。運用経験通算15年超。ピクテでは、ストラテジストとして高度な分析と海外投資部門との連携による投資戦略情報に基づき、マクロ経済、金融市場を中心とした幅広い分野で情報提供を行っている。経済レポート「今日のヘッドライン」を執筆、日々配信中。CFA協会認定証券アナリスト、日本証券アナリスト協会検定会員(CMA)


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