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- 毎月勤労統計に見る日本の賃金動向と金融政策
厚生労働省が発表した8月の毎月勤労統計調査によると、市場で注目されることが多い実質賃金は前年同月比0.6%減とマイナスでした。ただし、夏のボーナス上昇の反動という面や、今後の物価動向によっては実質賃金が再びプラスに転じる可能性もあります。今後の賃金の注目点としては最低賃金引き上げと、最大のテーマである来年の春闘が挙げられ、賃金は日銀の金融政策に影響を与えそうです。
8月の毎月勤労統計で基本給を中心とする所定内給与は安定した伸び
厚生労働省が10月8日に発表した8月の毎月勤労統計調査(速報、従業員5人以上の事業所)によると、現金給与総額(1人当たり賃金、速報値)は前年同月比3.0%増と、市場予想の2.9%増を小幅に上回りました(図表1参照)。名目賃金から物価変動の影響を除いた実質賃金は前年同月比で0.6%減と、7月の0.3%増、6月の1.1%増を下回り、3ヵ月ぶりにマイナスに転じました。
サンプルの違いの影響を受けないことから、市場や日銀が注目する共通事業所ベースでは名目賃金の現金給与総額が3.1%増と前月を下回りました。一般労働者の所定内給与は2.9%増と、前月の3.0%増にほぼ並び、安定化がみられました。
8月の実質賃金は6月、7月のボーナス急増の反動でマイナスとなった
日銀は追加利上げの条件として、「賃金と物価の好循環」を繰り返し指摘していることからも、賃金動向の重要性が高まっています。8月の毎月勤労統計調査で、実質賃金はマイナスとなりましたが、これは6月、7月と夏のボーナスで押し上げられた反動とみられます。一方、実質ベース産出の基となる物価動向を踏まえると(図表2参照)、実質賃金は再びプラスに転じる可能性が高いと思われます。今回の毎月勤労統計調査を振り返ると、日本の賃金動向は足元で改善傾向が継続しているとみられますが、日銀の金融政策を占ううえでは来年の賃金動向がより重要です。
実質賃金が注目されることが多いことから、簡単に物価動向を振り返ります。日本全国の消費者物価指数(CPI)で生鮮食品を除いたコアCPIは8月が前年同月比で2.8%上昇しました。毎月勤労統計の実質賃金でインフレ率としてとして使用される全国CPI(除く帰属家賃)は3.5%上昇とやや高めとなっています。日本の帰属家賃(持ち家にも家賃負担があるとみなし換算)が低水準なことが背景と思われます。
図表2にあるように、全国コアCPIやCPI(除く帰属家賃)はこの夏上昇傾向でした。その背景として電気・都市ガス料金の負担軽減策を5月使用分までで停止したことが挙げられます。しかし、補助金は9月~11月の予定で再開されため、9月からは全国CPIは減速すると思われます。全国CPIに先行して発表される東京都区部のコアCPI(除く生鮮食品、東京コアCPI)は9月が前年同月比2.0%上昇となり、前月の2.4%上昇を下回りました。
実質賃金は8月にマイナスへ転じましたが、再びプラスに転じるとの見方は負担軽減策による物価減速を見込んでのことと思われます。ただし、補助金による物価の伸びの抑制は(おそらく)期間限定の対応であり、実質賃金がプラスに定着するのかを占うには、インフレの落ち着きと、今後の賃金の伸びに注目することが大切と思われます。
24年の賃金は堅調だったが、25年の賃金見通しには確認事項が残る
名目賃金に相当し、賞与などを含む現金給与総額は8月が前年同月比で3.0%増と、賞与などの「特別に支払われた給与」の伸びが縮小したため前月を下回りました。共通事業所ベースでみても、8月の現金給与総額は3.1%増と前月を下回りました。しかし、共にほぼ市場予想並みの伸びとなっており、8月の鈍化は想定済みです。
注目すべきは、基本給を中心とする「所定内給与(共通事業所ベース)」が2.9%増と、前月(3.0%増)並みの伸びを確保したことです。24年の春季労使交渉(春闘)の結果の反映は概ね完了し、少なくとも年内は同程度の伸びを確保するものと見込まれます。
もっとも、「賃金と物価の好循環」には、今後の賃金動向が重要です。10月1日から全国の都道府県で、最低賃金が順次引き上げられ、全国平均の引き上げ額は過去最大の51円で、時給の平均は1055円となります。これにより、パートの時給が上昇することが想定されます。
さらに、最低賃金は政治課題となっています。石破首相は就任直後に、岸田政権が「2030年代半ばまでに全国平均1500円」としていた最低賃金の目標を「2020年代」に前倒ししました。これに対する経済団体の反応はまちまちで、日本商工会議所は引き上げに慎重姿勢である一方、経済同友会は3年以内の実現を要望しています。議論がどちらに向かうのか注意が必要です。
なんと言っても最大の注目点は来年の春闘でしょう。今にして思えば、日銀が今年3月の金融政策決定会合でマイナス金利解除、イールドカーブ・コントロール撤廃など金融政策枠組みの見直しを決定したのは、連合が3月15日と会合の3~4日前に、春闘の第1回回答集計値で大幅な賃上げ計画を発表したことと無関係ではないなど、影響の大きさがうかがえます。25年の春闘の方針は来月までには示されると思われます。その後の交渉がどのように推移するのか予断は許しません。
日銀短観などを見ると、非製造業を中心に24年の日本経済は、当初停滞した時期もありましたが、おおむね堅調に推移してきました。このような経済環境に加え、実質賃金の低さが消費を押し下げていたという危機感を共有できたことが、24年の春闘の背後と思われます。25年の春闘でも同様な賃上げが続くのかを判断するには今後の景気動向に加え、企業と労働者の賃金に対する姿勢を見守る必要があります。日銀もこれからの交渉の行方を固唾をのんで見守ることと思われます。
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