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トランプ大統領誕生:メキシコの困難とその対応策
梅澤 利文
2025/01/22

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概要

トランプ大統領は1月20日に就任演説を行った。演説後にメキシコとカナダに対し25%の関税を2月1日までに発動する計画を発表した。市場は一時的に動揺したが、メキシコペソは落ち着きを取り戻した。メキシコはトランプ政権の政策に左右されやすく、金融政策などに影響がみられる。一方で、メキシコ政府はトランプ対策と思われる政策を打ち出しはじめており、トランプ大統領との交渉が本格化しそうだ。




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トランプ大統領、就任演説後にメキシコとカナダに関税発動の計画を示唆

米国の第47代大統領に共和党のドナルド・トランプ氏が1月20日に就任した。就任演説の内容は概ね想定の範囲内であった。しかし就任演説後、トランプ大統領は、「2月1日までにメキシコとカナダに25%の関税を発動する計画」と発言したことで市場に動揺が見られた。

トランプ発言で名指しされたメキシコの市場では、発言直後にペソが急落する局面もあったが、足元でペソは落ち着きを取り戻した(図表1参照)。トランプ発言にあった2月1日を含むペソ(対ドル)通貨オプション1ヵ月物のインプライド・ボラティリティ(変動の目安)も小幅な上昇にとどまっており、市場は発言内容を冷静に見守っているようだ。

メキシコの金融政策など国内政策はトランプ政権の影響が大きそうだ

トランプ発言で名指しされたメキシコやカナダの各通貨は足元で落ち着きを取り戻した。21日の両国株式市場も前日比プラスとなった。そもそも、両国に対し関税を25%を課すとの発言をトランプ氏は就任前から繰り返し述べてきたことで、それ自体に新味はなかった。ただし、就任後の発言で2月1日と日付が入ったことに驚きはあった。それでもあくまで「計画」であり、市場は本気度を見守ることを優先したように見える。

なお、20日の発言に(本命の)中国が含まれていなかったことに違和感も覚えたが、トランプ大統領は21日に、合成オピオイドの一種フェンタニル(合成麻薬)が流入していることへの報復として、中国からの全ての輸入品に対する10%の関税賦課を引き続き検討していると述べた。「恐らく2月1日を考えている」と、来月にも実施の可能性があることを示唆した。トランプ不規則発言の典型的なパターンだ。この辺りはディール(取引)のための脅しの場合もあると割り切るしかないのかもしれない。

しかし、発言すべてではないにしても、その多くは実行に移されるのもトランプ流だ。名指しされた国への影響は大きく、対応に苦慮していることがうかがえる。いくつかの具体例をメキシコについて見てみよう。

まず、メキシコの金融政策を振り返る。メキシコ中央銀行は、24年12月19日の金融政策決定会合において、政策金利である銀行間翌日物金利の誘導水準を0.25%引き下げて10.00%とした。メキシコ中銀は声明文で、消費者物価指数(CPI)は総合、変動の大きい項目を除いたコアCPIともに鈍化傾向で、26年7-9月期には3%の物価目標に収束するとの見通しを表明した(図表2参照)。メキシコ中銀はトランプ氏が示唆する追加関税がインフレ懸念要因であることも指摘している。

メキシコの実質金利(名目金利とインフレの差)は高水準で、インフレ率が物価目標に収束するまで政策金利を引き締め領域に維持する必要があることを勘案しても、利下げ余地は十分にありそうだ。メキシコ中銀はインフレ鈍化が続くなら大幅利下げをする可能性を示唆しているが、昨年5回の利下げの引き下げ幅は0.25%だった。昨年6月のメキシコの選挙結果を受けた政策運営への不安と、トランプ政権誕生への懸念からペソ安傾向が続く中で、メキシコ中銀は利下げ幅を小幅にとどめてきた。メキシコのGDP(国内総生産)成長率が前年同期比で1.6%増と減速感が見られるだけに、トランプ政権の政策の不確実性は金融政策の足かせとなっているようだ。

シェインバウム大統領はトランプ大統領との関係改善を模索か?

次に、より大切な政治の対応を振り返る。メキシコのシェインバウム大統領はトランプ氏がメキシコ湾をアメリカ湾に名称変更する動きに対し強く反論している。両氏の経歴などを比較して、対立は不可避といった報道も一部に見られる。

一方で、メキシコは着々とトランプ対策も進めているようだ。経済対策として、13日には13項目からなる経済計画(el Plan Mexico)を公表した。主な内容は、自動車や航空宇宙などの分野でメキシコ産品のシェアを拡大することや、繊維や玩具など国内自給を高めるものだ。現地調達比率を高めることで中国からの輸入を抑える意図があるようだ。なお、この経済計画は26年に改定される米国・メキシコ・カナダ協定(USMCA)を維持することを前提とするなど、したたかな面も見られる。

メキシコに関税を課す理由として合成麻薬の流入に加え、トランプ大統領は不法移民流入も(事実はさておき)問題視している。トランプ大統領は20日、不法移民対策と国境管理を強化する大統領令に署名した。また、メキシコと接する南西部の国境に「国家緊急事態宣言」を発令し、国境地帯への米軍派遣を可能とした。

このような動きに先回りする形で、メキシコのシェインバウム大統領は昨年10-12月にメキシコから米国への不法移民の流入取り締まりを強化し、過去最大の47.5万人を拘束した。トランプ大統領はすでに米国内の不法移民を強制送還する構えだ。メキシコは強制送還されたメキシコ人を一時的に保護し、出身地に戻すまでのシェルターを建設するなど(不満はあっても)現実的な対応を進めている面も見られる。ただし、不法移民がメキシコ人以外の対応については、メキシコ政府が受け入れる考えもあるようだが、簡単ではないかもしれない。

トランプ不規則発言は、今後も市場の変動要因となり続けそうだが、発言を取引の材料に使っているのなら、細かな発言のブレよりも、これから本格化する、取引内容に注意が向かいそうだ。


梅澤 利文
ピクテ・ジャパン株式会社
シニア・ストラテジスト

日系証券会社のシステム開発部門を経て、外資系運用会社で債券運用、仕組債の組み入れと評価、オルタナティブ投資等を担当。運用経験通算15年超。ピクテでは、ストラテジストとして高度な分析と海外投資部門との連携による投資戦略情報に基づき、マクロ経済、金融市場を中心とした幅広い分野で情報提供を行っている。経済レポート「今日のヘッドライン」を執筆、日々配信中。CFA協会認定証券アナリスト、日本証券アナリスト協会検定会員(CMA)


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