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ECB議事要旨に秘められた利下げの道筋の勘所
梅澤 利文
2025/02/28

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概要

欧州中央銀行(ECB)は2月27日に1月の政策理事会の議事要旨を公表し、4会合連続(現利下げ局面で5回目)の利下げが全会一致で決定された。議事要旨では経済に対する慎重な見方が示され、市場の3月の追加利下げ予想を支持する内容だった。ユーロ圏の賃金の伸びも鈍化が見込まれ、利下げ姿勢は維持される公算が高い。ただし、今後の利下げの道筋については多少見解の相違があるようだ。




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ECBは25年1月の政策理事会の議事要旨を公表した

欧州中央銀行(ECB)は2月27日、1月の政策理事会の議事要旨を公表した。1月の理事会では4会合連続の利下げが全会一致で決められ、事実上の政策金利である中銀預金金利を0.25%引き下げて2.75%とした(図表1参照)。ECBが24年6月に利下げを開始してから、今回の利下げで5回目となる。

議事要旨では経済に対し慎重(やや悲観的)な記述が見られた。24年12月にECBが示した経済予想はトランプ政権の政策を十分に反映していないことや、製造業購買担当者景気指数(PMI)など調査ベースの指標に改善はみられるが、生産など実際のデータの回復は鈍いと指摘している。

インフレや景気回復の鈍さから、今後も利下げは概ね支持されそうだ

市場はECBの次の(3月)理事会での0.25%の追加利下げをほぼ100%見込んでいる。議事要旨での景気に対する慎重な見方、最近のインフレ指標、さらにECB主要メンバーの発言から3月理事会の利下げは恐らく無風だろう。ただ、その後の利下げの道筋に対し一部メンバーは異論もあるようだ。

ユーロ圏のインフレについては利下げを支持する指標が最近公表された。24年10-12月期のユーロ圏の妥結賃金は前年同期比で4.12%上昇と前期の5.43%上昇から大幅に低下した(図表2参照)。ユーロ圏のインフレ率は賃金の影響を受けやすいサービス価格が前年に比べ4%前後と高止まりしていた。これがインフレ鈍化のペースを遅らせていた。なお、賃金の伸びは依然高水準にも見えるが、データは昨年10-12月期分と古い。一方、議事要旨では賃金の先行き鈍化を見込んでいる。理由は、ECBが行う企業への賃金調査により、今後1年で賃金の伸びは平均で3.3%と鈍化が見込まれている。1年前の同調査では4.5%の伸びが見込まれていたことに比べ大幅な減速と見られる。ユーロ圏の企業は過去の高インフレで失われた購買力の穴埋めとして高賃金を支払ってきたが、このような賃上げ圧力は落ち着いたようだ。

なお、ユーロ圏ではこの冬の寒波などを背景に天然ガス価格が急上昇した。この点を議事要旨でも指摘しているが、主に気候要因であることから追加利下げを妨げる要因とは見ていないようだ。また、天然ガス価格は2月後半から下落傾向で、エネルギー価格が追加利下げの障害となる可能性は低いと見てよさそうだ。

次に議事要旨に示されたユーロ圏の景況感を振り返る。議事要旨ではユーロ圏の景気回復に期待をしつつも、トランプ政権の政策による不確実性が高く、成長率のリスクは下方向を見ている。

昨年12月に発表された四半期毎のECBスタッフによる経済予測では25年のユーロ圏の成長率は1.1%増、26年は1.6%増だった。24年の0.7%増に比べ景気回復を見込んでいる。センチメントを示すPMIを見ると、利下げの恩恵が期待される製造業PMIに底打ち感がみられる(図表3参照)ことと整合的だ。しかし同指数は景気拡大・縮小の目安となる50を下回っていることに変わりはない。利下げなどが下支え要因だが、安心は時期尚早だろう。また、サービス業PMIは50を超えてはいるが勢いは低下しており、下支えが求められよう。

なお、ウクライナとロシアの停戦が実現すれば、おそらくユーロ圏の景気にポジティブ(合意の内容にもよるが)だろう。ただし1月の理事会をカバーする今回の議事要旨では、ウクライナは地政学リスクとだけ位置づけられており、評価はこれからだろう。

ECBの追加利下げ姿勢は維持されているが、道筋には微妙な食い違いも

今回の議事要旨で、ECBは現在の政策金利の水準について、「現在の中銀預金金利でも、金融政策は依然として景気抑制的であるとの評価が比較的妥当との認識が広くあった」とし、大半が追加利下げを支持しており、3月利下げの公算は高い。

ただし、政策金利の将来的な道筋には気になる記述もあった。例えば、市場では中立金利(景気を刺激も冷やしもしない金利)とターミナルレート(利下げの最終到着点)を同一視して、今後の利下げの道筋を語る傾向があるが、そのような議論は、誤解を招く可能性があると指摘している。

また、別の指摘では「中立金利は上昇している可能性があり、そうならば今回の利下げで、中立金利の領域にさらに近づいたと見られる。これは、金融政策がもはや引き締め的とは言えない地点に近づいていることを意味する」といった指摘もあった。最近のECBメンバーの発言から類推して、これはシュナーベル理事の発言と筆者は考えている。同理事は最近の講演で2010年代と足元で中立金利の変動要因が異なっている点など、興味深い議論を展開した。ECBは今月、ユーロ圏の中立金利を1.75~2.25%程度との推測を示した。市場もこれをベースに利下げの道筋を想定し、筆者も同様に考えてはいるが、同理事の議論がECBの政策にどのように影響するか注意は必要だろう。


梅澤 利文
ピクテ・ジャパン株式会社
シニア・ストラテジスト

日系証券会社のシステム開発部門を経て、外資系運用会社で債券運用、仕組債の組み入れと評価、オルタナティブ投資等を担当。運用経験通算15年超。ピクテでは、ストラテジストとして高度な分析と海外投資部門との連携による投資戦略情報に基づき、マクロ経済、金融市場を中心とした幅広い分野で情報提供を行っている。経済レポート「今日のヘッドライン」を執筆、日々配信中。CFA協会認定証券アナリスト、日本証券アナリスト協会検定会員(CMA)


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