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欧州防衛力強化に要求高まる、その背景にあるもの
梅澤 利文
2025/03/14

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概要

欧州が財政拡張路線に転換するとの観測を背景に、ユーロ圏ではドイツなどの国債利回りが上昇し、ユーロ高が進行した。3月月初、EUのフォンデアライエン委員長は「欧州再軍備計画」を発表した。ドイツでは次期連立政権が財政拡張路線として、これまで厳格に守ってきた「債務ブレーキ」条項の緩和を検討している。トランプ大統領の圧力、防衛費の増加要求が背景にあり、今後の展開が注目される。




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欧州の歴史的な財政政策の方針変更で国債利回りは急上昇

ユーロ圏(欧州)の国債利回りが上昇した。3月13日のドイツ10年国債利回りは2.85%程度で取引を終えた(図表1参照)。今週、同利回りは3%に迫ろうかという局面もあったが、トランプ政権の欧州連合(EU)に対する関税政策の発言を受けた景気減速懸念などから、足元やや利回りは低下した。しかし、ユーロ圏景気に対する悲観的な見方が優勢であった年初に比べ利回りは高止まりし、通貨ユーロもユーロ高が進行している。

これらの背景は、3月4日にEUのフォンデアライエン欧州委員長が会見で「欧州再軍備計画」を発表したことと、歴史的に緊縮財政を維持してきたドイツが財政拡張路線に転換することへの期待であることは、すでに報道されている通りだ。

財政拡大は欧州の防衛力の強化の必要性が根底にある

図表2はEUの欧州再軍備計画とドイツの次期連立政権が検討している合意案の主なポイントをまとめたものだ。欧州(ユーロ圏)はな財政をユーロ加盟の条件としてきたこともあり、一部例外的な国はあるが、財政状況は概ね良好だ。

しかし、EU首脳会議で話し合われた欧州再軍備計画や、ドイツの次期連立政権が検討している「債務ブレーキ」条項の緩和は、実現すれば歴史的という形容が大げさとは言えないほどの転換であろう。ドイツの総選挙(2月23日投開票)で第1党になったキリスト教民主・社会同盟(CDU・CSU)とドイツ社会民主党(SPD)は4日、債務ブレーキの緩和などで財政拡大の方針を打ち出した。ドイツで長期にわたり政権を担ってきたCDU・CSUは財政健全(タカ派)路線を維持してきただけに、今回の変わり身には驚きもあった。

総選挙の結果、CDU・CSUとSPDの「大連立」内閣が成立し、次期首相にはCDUのメルツ党首が就任する見通しだ。SPDと連立を組んでいた「緑の党」は次期連立政権には参加しないと見られている。その場合、先の債務ブレーキの条項を修正するには、議会で3分の2の賛成により憲法改正する必要がある。「ドイツのための選択肢(AfD)」と「左派党」は憲法改正に反対で、これらの政党の議席数は3分の1を超えている。そこで次期連立政権が考え出したのは3月25日の(総選挙の結果を受けた)新たな議会の招集前に、現在の議会で憲法改正を行うことだ。妙案だが、時間が限られることが懸念材料だ。期限までに3分の2の議席を確保するには大連立に加えて、緑の党の協力が欠かせない。報道によると、3月18日に最終採決が予定されている中、緑の党は憲法改正に賛成する方向のようだ。ただし最後まで注意は必要だ。

一方、3月6日のEU首脳会議の欧州再軍備計画は、プレスリリースによるとは27加盟国で概ね合意されたようだ。これにより長期的な財政拡大への開始が示唆された。ただし、ウクライナへの軍事支援についてはハンガリーを除く26加盟国の共同声明となっており、必ずしも一枚岩でない面もある。こちらも今後の展開は気になるところだ。

今後の欧州の防衛力強化は、欧州による防衛支出負担増と裏腹の関係

そもそも、なぜ欧州で財政拡大=防衛力増強なのか?きっかけは2つ考えられる。

1つ目は2月末のトランプ大統領とウクライナのゼレンスキー大統領の会談が決裂したことだ。ロシアよりともいえる会談内容に、欧州首脳は米国頼りの欧州防衛に不安を抱いた可能性がある。

2つ目はトランプ大統領のEUに対する圧力や不満の背後には貿易赤字に加えて、欧州の防衛負担の低さがあると見られることだ(図表3参照)。

北大西洋条約機構(NATO)の防衛支出を米国と欧州(含むカナダ)について過去10年を振り返ると、米国の負担割合は過去において7割超、最近は低下傾向だが、それでも6割を超えている。文句も言いたくなるのだろう。

なお、NATOは加盟各国にGDP(国内総生産)の少なくとも2%を国防費として支出することを求めている。しかし、24年の推定値を見ると、イタリア、スペイン、ベルギー、ポルトガル、スロベニア、ルクセンブルク、クロアチアのユーロ圏6ヵ国と、カナダの国防費対GDP比率は2%を下回っている。米国は約3.4%支出しており、NATOの求めを満たしている。

トランプ政権はNATOを偉大にすべく、NATO加盟国が求められている国防費対GDP比率を現在の2%から5%に引き上げるべきと繰り返し主張している。筆者には5%の根拠がよくわからないが、ロシアの脅威を身近に感じているであろう東欧の国々などは長期的目標として同比率の引き上げに賛意を示している。EUとしても、欧州による防衛力強化について、従来の方針を見直す必要に迫られている。

目先は、ドイツの債務ブレーキ緩和の実施が注目されるが、欧州の防衛力強化は長期的課題として今後も注目し続ける必要があるだろう。


梅澤 利文
ピクテ・ジャパン株式会社
シニア・ストラテジスト

日系証券会社のシステム開発部門を経て、外資系運用会社で債券運用、仕組債の組み入れと評価、オルタナティブ投資等を担当。運用経験通算15年超。ピクテでは、ストラテジストとして高度な分析と海外投資部門との連携による投資戦略情報に基づき、マクロ経済、金融市場を中心とした幅広い分野で情報提供を行っている。経済レポート「今日のヘッドライン」を執筆、日々配信中。CFA協会認定証券アナリスト、日本証券アナリスト協会検定会員(CMA)


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