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財政と国債市況
市川 眞一
2024/07/02

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概要

通常国会が実質的に閉会した6月21日、『経済財政運営と改革の基本方針2024』(骨太の方針)が閣議決定された。今回、注目されたのは、基礎的財政収支(PB)に関して、「2025年度の国・地方を合わせたPB黒字化を目指す」と3年ぶりに目標の年限が復活したことだ。背景として、今年1月22日に内閣府が諮問会議に提出した『中長期の経済財政に関する試算』で、成長実現ケースの場合、2025年度のPBの赤字が1.1兆円に止まるとの見通しが示されたことが大きいのではないか。岸田文雄首相は、2025年度へ向けた財政健全化への責任を背負うことで、9月の自民党総裁選での再選に強い意欲を滲ませたと見られる。ただし、中長期経済財政試算は、前提となる全要素生産性(TFP)の伸びが現実から乖離するなど、実現可能性に疑問符がつく。さらに、国家債務が名目GDPの2倍に達するなか、PBが黒字化しても、国債利払い費の急増により財政収支の赤字が肥大化することも考えられる。国債には構造的な売り圧力が続くのではないか。



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■ 成長実現ケースが想定する年平均成長率は1.7%

中長期経済財政試算は、それまでの経済のモメンタムを延長させた「ベースラインケース」、政権の成長戦略が実現した場合の「成長実現ケース」・・・2のシナリオに基づき、先行き10年間の経済の見通しを作成、それに基づく財政状況を試算したものだ。今年1月の試算では、今後10年間の実質成長率について、ベースラインケースで年平均0.6%、成長実現ケースだと1.7%との見通しが示された。



■ 2025年度の基礎的財政収支は1.1兆円の赤字

成長実現シナリオの場合、2025年度の国と地方を合わせた基礎的財政収支の赤字は1.1兆円と見積もられ、2018年度の骨太の方針に盛り込まれた同年度における黒字化が視野に入る。さらに、骨太の方針には、「一定の幅でPBの黒字基調を維持」できれば、「長期的な経済・財政・社会保障の持続可能性が確保される」と書かれていた。成長実現シナリオの継続を念頭に置いた判断と見られる



■ 過去10年間のTFPの伸びは年率0.4%に止まるが・・・

ベースラインケースと成長実現ケースの最大の違いは、想定される全要素生産性(TFP)の伸び率の差だ。ベースラインケースでは年率0.5%だが、成長実現ケースは1.4%である。もっとも、過去10年間の平均は0.4%だ。成長実現ケースは「日本経済がデフレ状況に入る前の期間の平均」としているが、なぜその水準になるのか十分に説明されているわけではない。この試算の最大の弱点と言えるだろう。



■ 成長実現シナリオが実現するのは稀

過去の試算を振り返ると、成長実現ケースで示された実質経済成長率が実際に達成されたことは稀だ。例えば、2023年度の実質成長率は1.2%だったが、2021年1月の試算では2.1%、2022年1月は1.5%と見込まれていた。要因は非現実的なTFPの伸びを試算の前提としていたことである。現時点においては、ペースラインケースの0.5%が実質的な成長実現シナリオの前提と言えるのではないか。



■ 成長実現ケース、ベースラインケースで国の財政赤字はあまり変わらない

中長期の経済財政に関する試算では、2024年度の一般会計歳出について112.6兆円としていた。これは、今年度当初予算を反映している。ただし、岸田首相は6月21日の記者会見で秋の経済対策に言及した。大型補正予算が編成される可能性があり、その場合はPB黒字化の前提が大きく変化する。骨太の方針で2025年度の目標達成を明記したことに対比した場合、政策の整合性が問われるところではないか。



■ 成長実現ケースでは長期的に2%の物価上昇率を想定

中長期経済財政試算のベースラインケースでは、2027年度以降の消費者物価上昇率は年率0.8%とされた。成長実現ケースだと2025年度からは日銀がターゲッティングする2%に収斂する見通しだ。もっとも、分断化が進む国際情勢、日本経済が直面する円安を考えれば、実質低成長にも関わらず、インフレ率が高止まる可能性は否定できない。つまり、第3のケースとなることも十分に考えられる。



■ 長期金利の上昇は緩やかなペースを見込む

中長期経済財政試算における名目長期金利の水準には疑問がある。例えば成長実現シナリオでは、2025年度以降の消費者物価上昇率が2%で安定する見通しにも関わらず、同年度の長期金利の水準は0.9%とされていた。2027年度でも1.1%だ。日銀が強力な金融緩和を継続しない限り、整合性が取れない数字と言える。ただし、その場合は副作用として円安を覚悟しなければならないだろう。



■ 中長期国債の利回りは長期的な物価上昇のメドを下回る

中長期経済財政試算は、極めて甘い前提で帳尻合わせの計算をしてきたのではないか。名目長期金利の見通しはその象徴だ。もっとも、既に日銀はイールドカーブ・コントロール(YCC)を放棄、10年国債の利回りは既に1%近辺になった。PBの黒字化が達成されたとしても、インフレ下における低成長となれば、国債利払い費が増大する一方、税収がそれをカバーできず、財政収支が急速に悪化しかねない。



■ 財政と国債市況:まとめ

マイナスの実質金利は長期的には持続不可能ではないか。また、イールドカーブを管理するために日銀が利上げを躊躇えば、それは海外との金利差により円安の強力な理由となり得る。長年に亘る財政政策と金融政策の馴れ合いは、既に破綻しつつあると言えるかもしれない。財政政策、金融政策共に行き詰まり感がかなり強くなりました。財政問題を要因の1つとして、日銀の出口戦略はなかなか前へ進めないだろう。畢竟、大きなトレンドとしては為替市場にその皺寄せが行き、構造的な円安が続くと見られる。


 


市川 眞一
ピクテ・ジャパン株式会社
シニア・フェロー

日系証券の系列投信会社でファンドマネージャーなどを経て、1994年以降、フランス系、スイス系2つの証券にてストラテジスト。この間、内閣官房構造改革特区評価委員、規制・制度改革推進委員会委員、行政刷新会議事業仕分け評価者など公職を多数歴任。著書に『政策論争のデタラメ』、『中国のジレンマ 日米のリスク』(いずれも新潮社)、『あなたはアベノミクスで幸せになれるか?』(日本経済新聞出版社)など。


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