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英国トラス政権の減税政策の行方
梅澤 利文
2022/09/29

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概要

英国市場の混乱に対し、英中銀が機動的に対応したことで、28日の市場には落ち着きが戻りました。ただ、混乱の原因と見られるトラス政権の財政政策の見直しはこれからのです。高インフレによる購買力低下は多くの国に共通する課題でもあり、英国の幅広い減税は行き過ぎとしても、財政政策を拡大する傾向は他国にも見られます。今回のことが他山の石になればと思います。



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英中銀:トラス新政権の財政政策による市場の混乱を一時的な国債購入で落ち着かせる

英国イングランド銀行(英中央銀行)は2022年9月28日に国債市場の急落を防ぐため、英国の長期国債を無制限で購入すると表明しました(図表1参照)。トラス政権の大型減税案が引き起こした影響に対応したものです。英中銀は同日午後に期間20年以上の英国債を対象に購入を開始し、購入額は10億ポンド(約1570億円)強でした。英中銀が発表した声明では最大購入規模は1回につき50億ポンドとしていましたが、これを下回る水準でした。

購入オペは10月14日までの毎営業日継続するとしています。なお、英中銀は10月3日に予定してていた保有国債の売却(量的引き締め=QT)の開始を同月31日まで遅らせることも明らかにしました。一方で、年間の保有額削減目標は維持し、金融政策の変更でないことも示唆してます。

英中銀の対応は効果的ながら短期的、今後は本格的な対応が求められる

英国市場の混乱に対する英中銀の対応は適切で、「短期的」には市場を落ち着かせる結果となっています。ただ、混乱の原因とみられるトラス政権の財政政策の見直しはこれからの課題です。11月23日に予定されている大型減税を柱とする補正予算案の内容、450億ポンド規模の財源の手当てが明確にされるかなど英国政府の対応が注目されます。

英国市場の動揺は内外に影響を与えました。国内要因として、英中銀の声明にあるように金融安定化が損なわれる懸念が高まりました。報道では、同日午後にも担保請求により英国債のさらなる急落を引き起こしかねなかったと伝えられています。英中銀は即座に、かつ期限を10月14日までと区切り短期的対応であることを示し、その上で英中銀は発行後1週間の国債は購入対象としないことも声明に示し、財政ファイナンスでないことを印象付けています。もっとも、QT延期を迫られるなど苦肉の策である面は否めません。

英国外からは、国際通貨基金(IMF)や格付け会社から英国の財政政策に対し否定的な見解が表明されています。例えば、IMFの報道官は27日、大規模で対象を絞らない財政計画は現時点で推奨しないと述べています。

ここで、トラス政権が発足後すぐに減税政策を打ち出した背景を振り返ります。ジョンソン前首相の失脚を受け、首相を決める党首選挙は、トラス氏と、ジョンソン政権における財務相のスナク氏との間で事実上の一騎打ちとなりました。トラス氏には2つの相手がいたように思われます。1つは目前のスナク財務相ですが、別の相手は中道左派の労働党です。英国では25年早々までに総選挙が想定されますが、中道右派の保守党は労働党に世論調査で水をあけられています。まだ先のこととはいえ、労働党のお株を奪う政策としてトラス氏は大型減税政策を看板に戦ってきています。

スナク氏との政策スタンスの違いはより重要と見ています。ジョンソン政権下でスナク氏は財政規律を重視する政策運営を行っていました。欧州連合(EU)離脱を推し進めたジョンソン政権ですが、財政運営は比較的安定的と見られていました。しかし、保守党の党首選挙で浮き彫りとなったのは両候補の財政政策に対する姿勢です。当時の報道などを見ると英国の経済団体の多くも減税を主体とするトラス氏支持を打ち出しました。もっとも、財源確保について懸念を表明する企業経営者もおり、トラス政権は不安を残したまま減税政策を発表したようにも見受けられます。減税項目を具体的に示す一方で、負担をほぼ国債発行でカバーするという内容では、市場の失望はもっともであったと思われます。

ここからは古い話で、背景やスケールは全く異なりますが、英国はIMFに1970年台後半に金融支援を要請しました。「ゆりかごから墓場まで」と言われた手厚い社会福祉政策のつけと、73年からの石油ショックで高インフレに見舞われたことで、ポンド安が進行、外貨準備高が底をついたためです。当時政権を担当していた労働党のキャラハン政権はIMF支援の条件として、政府支出と財政赤字の削減を伴う緊縮型運営に受け入れました。しかし当初は国民の間で素直に受け入れられず、ストライキが多発するなど混乱が広がり、当時の状況は「不満の冬」などと表現されています。結局、キャラハン政権は79年の選挙で敗北、財政改革はサッチャー政権へと引き継がれました。

繰り返しながら、1970年ごろと、今回の話は時代背景は異なります。ただ、財政政策の修正は簡単ではないことなどに類似点も見受けられます。

昨日の英中銀の機動的な対応により、市場に落ち着きが戻りました。今後の注目点は、トラス政権がインフレ局面において、的を絞ったとは言い難い減税などの政策をどのように取り扱うのか、財政規律をどのように維持するのか、財源はどのように確保するのかなどにシフトすると見られます。トラス政権はこれらを明確にする必要があると思われます。

昨日の英国債市場は利回り低下という意味で落ち着きました。しかし、ポンドは小幅な上昇にとどまっており、事態の解決はこれからと見ているようです。国債市場は英中銀の対応に敬意を表した格好ですが、次の注目であるトラス政権が財政規律と経済支援のバランスをどのように保つかという点については、今後を見守る姿勢であるように思われます。


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梅澤 利文
ピクテ・ジャパン株式会社
ストラテジスト

日系証券会社のシステム開発部門を経て、外資系運用会社で債券運用、仕組債の組み入れと評価、オルタナティブ投資等を担当。運用経験通算15年超。ピクテでは、ストラテジストとして高度な分析と海外投資部門との連携による投資戦略情報に基づき、マクロ経済、金融市場を中心とした幅広い分野で情報提供を行っている。経済レポート「今日のヘッドライン」を執筆、日々配信中。CFA協会認定証券アナリスト、日本証券アナリスト協会検定会員(CMA)


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