- Article Title
- ユーロ圏、金融政策の優先順位
ユーロ圏のインフレ率はエネルギー価格の下落などを反映して減速傾向は明確です。しかしながら労働市場は堅調で、賃金水準は高止まっていると見られることから変動の大きい項目を除いたコアインフレ率を抑制する方針が維持されています。もっとも、ユーロ圏の景気や金融システムは脆弱な面もあり、高金利政策の長期化に対する影響には配慮を求める声が徐々に高まりつつあるように思われます。
ユーロ圏主要国の5月のインフレ率は高水準ながら減速傾向が明確に
ドイツ連邦統計庁が2023年5月31日に発表した5月の消費者物価指数(CPIまたはHICP、速報値)は欧州連合(EU)基準で前年同月比6.3%上昇と、市場予想の6.7%上昇、前月の7.6%上昇を下回りました(図表1参照)。同日にはフランス、イタリアの5月のCPIも発表され、前年同月比で各々6.0%上昇、8.1%上昇となりました。
30日には、スペイン統計局(INE)が5月のCPIを発表し、前年同月比で2.9%上昇と、燃料費の下落や、食料品価格の上昇が鈍化したことを受け21年7月以来の低水準となりました。なお、ユーロ圏全体の5月のインフレ率(CPI)は6月1日に発表される予定ですが、前月を下回ることが市場では予想されています。
コアCPIの高止まりが想定され、ECBはインフレ抑制を重視
市場は欧州中央銀行(ECB)の次のアクションは6月と7月の政策理事会で政策金利を各々0.25%、合計で0.5%の引き上げを見込んでいます。5月のユーロ圏のCPIは主要国が低下していることから、減速を示す可能性が高いと思われます。しかし、ユーロ圏国債利回りの指標的位置づけであるドイツ国債利回りは、これまでの5月のCPIの発表を受けても利回りの低下は小幅でした(図表2参照)。ECBがインフレ動向を判断するうえではエネルギーなど変動の大きな項目を除いたコアのインフレ率を重視していますが、コアCPIにはそれほどの低下が見られない現段階ではインフレ抑制政策を緩める理由に乏しいと思われます。コアCPIの主要部分を占めるサービス価格は賃金動向に左右される傾向があります。ユーロ圏の賃金動向の目安である妥結賃金は試算値などから1-3月期も高水準となることが想定されます。
また、ECBが重視するといわれる市場ベースの期待インフレ率(5年先5年物インフレスワップ・レート)は2.5%を超え比較的高水準での推移となっています。ECBは「まだすべきことがある」を繰り返し、インフレ抑制を優先する姿勢を維持しています。
金融安定性レビューは、金融システムへの配慮を示唆か?
5月のインフレ指標だけならば、ECBの今後の金融政策に与える影響は大きくはないかもしれません。ただし、インフレ抑制だけに重点を置き続けるには気になる要因もあります。
ドイツのGDP(国内総生産)が2四半期連続してマイナス成長となるなど、ユーロ圏の景気回復鈍化の兆しは気になるところです。
別の要因として金融安定性への不安が緩やかながら高まっていることも要因としてあげられます。この点について、ECBが先日公表した「金融安定性レビュー」は金利上昇が金融システムの弱さを露呈させるリスクに言及していることにもうかがえます。
ユーロ圏の銀行における金利上昇の影響をユーロ圏銀行株指数(ユーロストックスの銀行株指数)により振り返ると、昨年秋から銀行株指数は金利上昇が銀行収益を改善するとの期待、昨年末から3月まではユーロ圏の景気回復期待を受け大幅に上昇しました(図表3参照)。しかし今年3月以降は金融不安や景気回復期待の鈍化などで銀行株指数は下落傾向です。
なお、ドイツなど一部の国ながら、ユーロ圏においても全般に金利が上昇するなか、昨年後半から長期金利が短期金利を下回る逆イールドとなっています(図表2参照)。逆イールドは資金の短期調達、長期運用を基本とする銀行などの収益にマイナスに作用するため、収益悪化の目安と考えられます。米国で破綻した銀行は金利上昇が保有債券の評価損を拡大させたことや、預金流出が破綻の引き金となりました。金融安定性レビューは、ユーロ圏の銀行の債券保有割合が相対的に低いことから影響は小幅と説明しています。
一方、預金については流出は全般に抑えられているものの、預金金利を引き上げて預金者をつなぎとめる必要があることから、銀行の収益を圧迫する可能性を指摘しています。収益性の問題で気を付けなくてはいけないのは、ユーロ圏全体でみると金利上昇は銀行の収益を下支えすると見られますが、個別行の収益構造などによりプラス、マイナスにばらつきがあると金融安定性レビューは指摘しています。金融不安をそれほど意識しなかった昨年には、金利上昇は銀行収益改善とみなされましたが、前提が変わっている点に注意は必要です。足元ではインフレ抑制に比べ優先順位が低いと思われますが、逆イールドなど銀行収益にマイナスの状態を長期化させることには注意が必要と思われます。
当資料をご利用にあたっての注意事項等
●当資料はピクテ・ジャパン株式会社が作成した資料であり、特定の商品の勧誘や売買の推奨等を目的としたものではなく、また特定の銘柄および市場の推奨やその価格動向を示唆するものでもありません。
●運用による損益は、すべて投資者の皆さまに帰属します。
●当資料に記載された過去の実績は、将来の成果等を示唆あるいは保証するものではありません。
●当資料は信頼できると考えられる情報に基づき作成されていますが、その正確性、完全性、使用目的への適合性を保証するものではありません。
●当資料中に示された情報等は、作成日現在のものであり、事前の連絡なしに変更されることがあります。
●投資信託は預金等ではなく元本および利回りの保証はありません。
●投資信託は、預金や保険契約と異なり、預金保険機構・保険契約者保護機構の保護の対象ではありません。
●登録金融機関でご購入いただいた投資信託は、投資者保護基金の対象とはなりません。
●当資料に掲載されているいかなる情報も、法務、会計、税務、経営、投資その他に係る助言を構成するものではありません。