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- ちょっと注意したい、最近の日銀のコメント
政府と日銀はデフレ脱却に向け取り組んでいます。政府のデフレ脱却の考え方、日銀の2%の物価目標はともに、数字を満たすだけではなく、後戻りしないという、厳しいともあいまいともとれる条件が付いています。数字の上では2%を超えるインフレ率でも、デフレ対応で導入したマイナス金利は、解除がこれまでも見送られてきました。ただし、最近の日銀のコメントには変化の兆しもみられます。
内閣府によると、日本の需給ギャップは4-6月期にプラスに転じた
内閣府は2023年9月1日、日本経済の供給力と需要の差をあらわす「需給ギャップ(GDP(国内総生産)ギャップ)」が4-6月期にプラス0.4%であったとの推計を公表しました(図表1参照)。需給ギャップがプラスとなるのは19年7〜9月期以来です。この需給ギャップを含め政府が脱デフレの判断に重視する4指標が全てプラスになりました。
なお、政府(内閣府)は4指標として①消費者物価指数(CPI)、②総合的な物価動向を示すGDPデフレーター、③賃金動向を映す単位労働コスト、④需給ギャップ、を示唆しています。一方で、デフレ脱却の定義は「物価が持続的に下落する状況を脱し、再びそうした状況に戻る見込みがないこと」と説明してきた経緯があります。
需給ギャップなどがプラスに転じてもデフレ脱却は遠い可能性もある
日銀の金融政策に直接的な影響はないかもしれませんが、 4-6月期の需給ギャップがプラスに転じたことで、内閣府のデフレ脱却の目安①~④がプラスとなりデフレ脱却に近づいたようにも見えます。例えば①のCPIは7月が前年同月比3.3%上昇、生鮮食品を除いたコアCPIは3.1%上昇と、デフレの目安のマイナスはおろか、日銀の物価目標2%をも上回っています。 ②~④は4-6月期が②は前年同期比3.5%上昇、③は0.7%上昇、④プラス0.4%であったことから、プラス圏を確保しました。
しかし、すんなりデフレ脱却宣言とはならないようです。デフレ脱却の定義の後半部分「再びそうした状況に戻る見込みがないこと」を満たす必要があるからです。この後半部分は定性判断による面もあり、あいまいさが残ることから、デフレ脱却宣言を著しく困難にしている面もあると思われます。
なお、2017年後半頃①~④がすべてプラスとなる時期もありましたが、当時の状況からデフレ脱却の声は小さかったと記憶しています。実際、その後の展開では、新型コロナウイルスなど特殊要因があった面はあるにせよ、デフレ脱却を宣言しなかったのは結果としては正しかったようです。
なお、日銀の金融政策は物価について「安定的に2%を上回る」ことを目的に運営されており、単にCPIが2%を上回るだけでは不十分です。そのため、デフレ脱却を目的に導入したマイナス金利政策など極端な政策を未だに継続している背景とみられます。ただし、日銀政策委員会の主要メンバーの最近の発言には微妙な変化も見られます(図表2参照)。メンバーによって温度差はありますが、一部に今後の金融政策に変化の兆しを感じさせる発言も含まれています。
日銀主要メンバーの最近の発言に微妙な変化がみられる
日銀主要メンバーの発言で、今日、明日の政策変更への言及は皆無ですが、今後の展開をデフレ脱却、もしくはマイナス金利解除への距離という点で振り返ると、比較的近いのは田村審議委員ではないかと思われます。あくまで選択肢ながら、マイナス金利解除について言及しています。また解像度が上がるという独特の表現で、来年春闘における賃金動向が1-3月頃に明らかになるのではとの見通しを述べつつ、賃金の方向性としては賃上げの可能性がある点にも言及しています。
一方、中川審議委員は7月までの物価の上昇を認めつつも、今後は上下五分五分としています。
高田審議委員は物価上昇に配慮した賃上げが来年以降も続く可能性に言及し達成の芽が出てきたと述べ変化の兆しを指摘していますが、物価目標に向け1年間は見ていく必要性も指摘しています。
中村審議委員は物価2%の持続的、安定的な実現は見通せないと慎重な姿勢です。中村氏の論点の一つに、GDPデフレーターの構成が指摘されています。日本のGDPデフレーターは欧米に比べ賃金上昇の占める割合が低いと正確な指摘をしており、この面での改善が求められそうです。
筆者もプラスに転じたとはいえ、4-6月期GDPギャップも再検討が必要とみています。設備投資や個人消費が盛り上がらない一方で、輸出などにけん引され実際のGDPが潜在成長率を上回り、GDPギャップがプラスとなった面もあるからです。
最後に、市場で最も注目されたのは植田総裁の発言です。植田総裁は、物価目標の実現が見えてくるのは、賃金と物価の好循環が金融緩和を止めても自律的に回っていく状況だと説明し、その上で、十分だと思える情報やデータが年末までにそろう可能性もゼロではないと述べました。また、その段階となれば、マイナス金利政策の解除もオプションの一つと述べました。
これまで植田総裁は、2%の物価安定目標の実現にはまだ距離があり、粘り強い金融緩和を続けることを繰り返し強調してきました。今回のインタビューでも基本同様の姿勢ではあるものの、マイナス金利解除の可能性に言及したこと、情報やデータが年末までにそろう可能性もゼロではないと時期を含めて言及した点で、今までとの違いも見られます。これが、足元の円安へのけん制のための発言なのか、日銀内部での変化を示唆するのか筆者には判断できません。どうやら、今月21、22日の日銀金融政策決定会合に注目する必要性が極めて高くなったことは間違いないようです。
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