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日銀金融政策決定会合と円安加速について
梅澤 利文
2024/05/01

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概要

4月の日銀金融政策決定会合後に円安がさらに進行したことを受け、市場では為替介入とみられる動きがありました。足元の円安加速の背景としては、日銀の金融政策が現状維持であったこと、植田総裁の発言内容、米国にインフレ再加速懸念がある中、米国の利下げ期待が後退したことなどが挙げられます。円安に必ずしも金融政策で対応すべきではありませんが、日銀の情報発信に工夫が求められます。




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円安が進行するなか、日銀金融政策決定会合は事実上のゼロ回答

日銀は4月25-26日に開催した金融政策決定会合で、金融政策の現状維持を決定し、政策金利を据え置くことを決定しました。長期国債の買い入れ方針についても「3月会合で決定された方針に沿って実施する」と明記したのみで現状維持としました。3月会合では長短金利操作(イールドカーブ・コントロール、YCC)を撤廃した一方で、長期国債の買い入れ方針は「これまでとおおむね同程度の金額で長期国債の買い入れを継続する」との方針を決定していました。

為替市場で円安が進行する中、会合後の記者会見で日銀の植田総裁からの円安を警戒する発言に乏しく、円安が加速しました(図表1参照)。

据え置きは市場予想通りだが、円安を理由とした利上げには足元消極的

外国為替市場で円安を巡る攻防が続いています。4月29日には財務省が5兆円規模の為替介入を決定し、日銀が実施した可能性が高いと市場は見ています。日銀が発表した当座預金増減(財政)要因の予想値と市場の推計値との差から、為替介入が実施された公算が高いと見られます。

日銀の金融政策決定会合後に円安が加速した要因を次の4点に整理しました。

①日銀の追加利上げが見送られたこと、②日銀の国債購入が維持されたこと、③植田総裁の会見:円安への懸念が支援されなかったこと、④米国のインフレ再加速懸念がある中、ドル高はインフレ抑制要因であることから、これを否定する為替介入に米国が消極的なこと、等が挙げられます。

今回の日銀会合では幅広く政策金利の据え置きが予想されており、据え置き自体は想定の範囲内でした。しかし、会見で植田総裁から円安抑制に向け将来の利上げを示唆する発言はなく、「経済全体の賃金が上がり、サービス価格にどう反映されていくか」が利上げの条件といった原則論に終始した印象でした。そのため、利上げはまだ先というイメージだけが残りました。

通貨先物市場の投機的ポジションで円売りが過去最大規模に積み上がっていることから足元の円安は投機主導とみられます。よって円安には利上げではなく為替介入で対応するのが筋と筆者は理解しています。したがって、目先利上げを期待することに無理はあると思われますが、会見での表現に工夫の余地はあったように思われます。

②の日銀による長期国債の買い入れ方針については声明文で「3月会合で決定された方針に沿って実施する」と明記し、現状維持としました。国債購入減額となれば、金融引き締め、円安抑制と連想されたかもしれませんが肩透かしとなりました。

会合前、日本国債市場では利回りが小幅ながら上昇していたことから、一応、警戒感はありましたが、投機的な円安抑制を理由とした国債購入の減額はありませんでした。なお、日銀が30日に発表した「経済・物価情勢の展望(展望レポート)」では「国債買入れがイールドカーブに及ぼす影響」がボックスに示されています。現在6兆円程度とされる月間買入れ額が縮小されれば、日本国債金利上昇による円安抑制効果が想定される内容ですが、現段階では。展望レポートでの理論武装にとどまっています。

円安抑制として、米国の利下げや為替介入への協力は当面望み難い

③の植田総裁の会見で円安への懸念が示されなかった象徴的な発言は、「(現在の円安で)基調的な物価上昇率への大きな影響はないとみなさん(日銀の政策委員)が判断した」と述べた点です。また、物価への影響はないのかという記者からの問いに「はい」と答えた点も象徴的です。

植田総裁が指摘する通り、輸入物価指数は足元落ち着いており、円安の影響は小さいようにも見えます(図表2参照)。しかし、食料品など生活に直結する項目は上昇基調です。また、円安が進行していなかったら、日本人が輸入品をもっと安く買えたかもしれないという点には言及はなかったと思われます。

④の為替介入は、イエレン米財務長官が25日にロイター通信とのインタビューで「極めてまれで例外的な場合に限る」と述べたことが円安要因ですより円安抑制効果が期待される協調介入の可能性はなく、日本の単独介入しか事実上望めないことも円安を後押ししたとみられます。足元の米国経済指標(消費者物価指数や個人消費支出(PCE)価格指数など)でインフレの根強さが示されたこともあり、ドル高を止める為替介入に米国からの協力は望むべくもないでしょう。

しかし、G20財務相・中央銀行総裁会議が閉幕した後の4月18日の記者会見で、植田総裁は円安進行で基調的な物価に、「無視できない大きさの影響があれば、金融政策の変更もありえる」と述べていました。①~③で何らかの円安対応が、ひょっとしたらあるかもしれないという伏線の1つが植田総裁のタカ派(金融政策引き締めを選好)発言であったと思われます。今回、利上げはないにしても、何らかの布石を打つ可能性は想定されていましたが、日銀からの示唆は限定的でした。展望レポートでは政策修正の準備と思われる内容はありますが、あくまで準備の段階と見られます。

投機も含むと見られる円安進行で、基調的なインフレ率に影響を与えていないということならば、円安は財務省の為替介入を主役とするべき、というのはその通りかもしれず、そうした中でそれ以外の手段が限られるのならば、円安圧力は当面続くのかもしれません。


梅澤 利文
ピクテ・ジャパン株式会社
ストラテジスト

日系証券会社のシステム開発部門を経て、外資系運用会社で債券運用、仕組債の組み入れと評価、オルタナティブ投資等を担当。運用経験通算15年超。ピクテでは、ストラテジストとして高度な分析と海外投資部門との連携による投資戦略情報に基づき、マクロ経済、金融市場を中心とした幅広い分野で情報提供を行っている。経済レポート「今日のヘッドライン」を執筆、日々配信中。CFA協会認定証券アナリスト、日本証券アナリスト協会検定会員(CMA)


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