Article Title
ブラジル、見通し改善ながら投資適格への道は長い
梅澤 利文
2024/05/10

Share

Line

LinkedIn

URLをコピー


概要

ムーディーズはブラジルの信用格付け見通しを「ポジティブ」に引き上げました。これは経済成長見通しの改善、構造改革、財政改革の進展を評価したことなどが背景です。ブラジルは再生エネルギー分野など有望な投資分野もあり成長余力が残されています。財政改革にも進展は見られますが、改革姿勢の維持等に疑問も残ります。信用見通しは改善したものの投資適格債への復帰はまだ先と見られます。




Article Body Text

ムーディーズ、ブラジルの格付けは据え置くも、見通しを引き上げ

米大手格付け会社ムーディーズ・インベスターズ・サービス(ムーディーズ)は5月1日付で、ブラジルの信用格付けの見通しを「安定的」から「ポジティブ」に引き上げを発表しました。格付けそのものはBa2(BBに相当)で据え置きました。

ムーディーズは声明でブラジルの見通しを引き上げた理由をとして、①最近の経済成長率実績と中期的な見通しの改善(図表1参照)、②構造改革の進展、③財政改革の進展による債務負担軽減への期待、を挙げています。ムーディーズはブラジルを16年2月に投資不適格債(BB+格以下)に該当する現在の格付けに引き下げました。他の大手格付け会社も15年~16年にブラジルを投資不適格債に格下げしました。

ブラジルの経済成長率は過去の悪化局面に比べ力強さが増したようだ

ムーディーズがブラジルの見通しを引き上げた背景を参考に、ブラジルが投資適格債(BBB-格以上)に復帰する道筋を考えます。

①については、ブラジルの格下げが相次いだ15年~16年のマイナス成長と反対の状況です。ブラジルの22年、23年の年次のGDP(国内総生産)成長率は各々3.0%、2.9%でした。一方、15年~16年はマイナス成長が続きました。その主な要因はレアル安などを背景にインフレ率が上昇したために消費が冷え込んだこと、政治スキャンダルが相次いだこと、中国への輸出減少などです。

現在のブラジルを取り巻く経済環境は低調な中国経済など15年~16年と似た面もあるなかで、ブラジルが過去2年、プラス成長を確保した点をムーディーズは評価しています。また、ブラジルの中期的な成長見通しについても楽観的で、24年~25年の成長率は年率2%程度のプラス成長を見込んでいます。成長率を支える要因は国内需要の回復という景気循環的な側面がある一方で、規制緩和を背景とした再生エネルギーへの投資拡大も民間資金の呼び水として期待されています。ブラジルは水力や風力などに再生エネルギーを生み出す環境に恵まれていることもあり世界でも有数の再生エネルギー大国です。23年1月に発足したルラ政権が発表した国営石油会社の5ヵ年計画でも脱炭素への投資は継続され、再生エネルギーは成長の柱と思われます。ただし、当面のエネルギー需要をカバーする必要性から原油生産拡大への投資も増やす計画もルラ政権は組み入れており、政策の一貫性に不安が残る可能性もあり、注意が必要と筆者は見ています。

②の構造改革について、ムーディーズはブラジル中央銀行の独立性確保と、国営企業の透明性の改善を指摘しています。15年~16年にブラジルがマイナス成長に落ち込んだ時は、国営会社が汚職の温床となり政治不信が高まった時期と重なります。間接的な理由(違法な予算執行)ながら、当時のルセフ大統領の弾劾裁判につながるなど混乱が広がりました。ムーディーズは最近のブラジルのガバナンスは改善したと評価しています。

構造改革としてより積極的に評価されているのは中央銀行の独立性です。ブラジル中銀は昨年8月まで13.75%という高水準の政策金利でレアル安の抑制に努めました(図表2参照)。利下げを開始するにあたってもも、インフレ率が十分過ぎる程低下したことを確認してからという念の入れようでした。これに対してルラ大統領から利下げを迫り、政治的圧力とも受け取られかねない発言がありましたが、ブラジル中銀は耳を貸さない姿勢を維持しました。ブラジル中銀が独立性を維持したことは筆者も評価しています。もっともブラジル中銀を率いるネト総裁の任期は24年末です。総裁人事を巡り波乱はないのか、見守る必要はありそうです。

財政改革の成果は見られるが、改革姿勢を維持するのは簡単ではない

③の財政改革の進展は期待が高い一方で、不安も残されています。ブラジル議会は昨年12月15日に間接税を簡素化する法案を可決し、長年の懸案である非効率な税制に解決の道筋が見られました。これを受け大手格付け会社S&Pグローバル・レーティングは直後にブラジルの長期債格付けをBB-からBBに格上げしました。

またブラジル議会は昨年8月に、歳入の増加額の7割を歳出増の上限とする(従来は歳出の伸びはインフレ率以下とされていた)法案や、政府が毎年設定する基礎的財政収支(プライマリーバランス)の目標を達成できない場合は、歳出増の上限は歳入の伸びの7割ではなく5割とする法案を成立させました。歳出抑制策は16年のテメル政権が導入しましたが、昨年発足した左派のルラ政権が歳出抑制の骨格を維持したことを市場は評価しており、昨年後半のレアル高の1要因となりました。

ただし不安材料もあります。ルラ政権は先月15日、プライマリーバランス目標(25年はGDP比で0.5%の黒字、26年は同1%の黒字の見通しを共に)を0.25%に引き下げ財政黒字化目標達成時期が後ずれしました。この発表などを受けレアルは急落しました(図表2矢印参照)。プライマリーバランス目標の0.25%はあらかじめ定められた許容範囲内であることなどから、その後市場は落ち着きましたが、不信感は残っていると見られます。米国の利下げ開始時期見通しが後ずれし、レアル安圧力が強いことからブラジル中銀も5月7-8日の金融政策決定会合では利下げ幅を縮小しました。為替の感応度が高い時期の財政目標変更に違和感もあり、ルラ政権の今後の財政運営には注視が必要です。

①~③は信用改善にプラス材料ですが、確認したい項目も多いためムーディーズは見通しの引き上げにとどめたと見られます。そうなると、投資適格債への復帰は、まだ先のことと思われます。


梅澤 利文
ピクテ・ジャパン株式会社
ストラテジスト

日系証券会社のシステム開発部門を経て、外資系運用会社で債券運用、仕組債の組み入れと評価、オルタナティブ投資等を担当。運用経験通算15年超。ピクテでは、ストラテジストとして高度な分析と海外投資部門との連携による投資戦略情報に基づき、マクロ経済、金融市場を中心とした幅広い分野で情報提供を行っている。経済レポート「今日のヘッドライン」を執筆、日々配信中。CFA協会認定証券アナリスト、日本証券アナリスト協会検定会員(CMA)


●当資料はピクテ・ジャパン株式会社が作成した資料であり、特定の商品の勧誘や売買の推奨等を目的としたものではなく、また特定の銘柄および市場の推奨やその価格動向を示唆するものでもありません。
●運用による損益は、すべて投資者の皆さまに帰属します。
●当資料に記載された過去の実績は、将来の成果等を示唆あるいは保証するものではありません。
●当資料は信頼できると考えられる情報に基づき作成されていますが、その正確性、完全性、使用目的への適合性を保証するものではありません。
●当資料中に示された情報等は、作成日現在のものであり、事前の連絡なしに変更されることがあります。
●投資信託は預金等ではなく元本および利回りの保証はありません。
●投資信託は、預金や保険契約と異なり、預金保険機構・保険契約者保護機構の保護の対象ではありません。
●登録金融機関でご購入いただいた投資信託は、投資者保護基金の対象とはなりません。
●当資料に掲載されているいかなる情報も、法務、会計、税務、経営、投資その他に係る助言を構成するものではありません。

手数料およびリスクについてはこちら



関連記事


7月のECB理事会の関心事、9月利下げのヒントは?

7月FOMC直前、発言から浮かび上がる当局の姿勢

4-6月期の中国GDP成長率、回復の足取りは重い

6月の米CPI、瞬間風速を示す前月比が0.1%下落

ニュージーランド中銀、据え置きながらハト派転換

フランス下院選挙、極右は勝ち組から負け組へ