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- 植田総裁、「時間的に余裕がある」は使いません
日本銀行は10月30~31日の会合で政策金利の据え置きを決定しました。会合後の記者会見で日銀の植田総裁は市場が不安定な間は利上げを見送ることの代名詞ともなっていた「時間的余裕がある」を今後は使わないと明言し、今後の利上げはデータ次第で判断する金融政策運営に戻すことを示唆しました。日銀は「時間的余裕がある」という表現を使わないことで、新たな段階に進んだとみられます。
日銀は市場予想通り政策金利を据え置いたが、小幅に円高進行
日本銀行は10月30~31日に開催した金融政策決定会合(会合)で、市場予想通り政策金利の据え置きを決定しました(図表1参照)。日銀は7月に利上げを決定した後、9月に続いて2会合連続で政策金利を据え置いていました。
今回の会合に伴い発表された「経済・物価情勢の展望」(展望レポート)や会合後の植田総裁の会見を受け、31日の市場では小幅ながら円高が進行しました。会見が始まる前には1ドル=152円台後半で推移していた円は、植田総裁のタカ派(金融引き締めを選好)姿勢を受け、一時1ドル=151円台後半に上昇する場面もありました(11月1日午前は151後半~152円台前半で推移)。
植田総裁は「時間的余裕がある」は使わないと明言した
日銀は10月の会合で、次回の12月の会合からは会合毎にデータ次第で利上げを判断する「ライブ」会合であることを示唆したとみられます。7月の利上げ後の株式市場の暴落などを受け、日銀は利上げを見送る姿勢を示唆していました。しかし、今後は、市場を注視して利上げを控える姿勢から、「(展望レポートに示された)経済・物価の見通しが実現していくとすれば、それに応じて、引き続き政策金利を引き上げ、金融緩和の度合いを調整していくことになると考えている」という姿勢に変化してゆくことが示唆されました。
日銀のタカ派姿勢は展望レポートにも見え隠れしています(図表2参照)。まず、日銀政策委員の経済(大勢)見通しをみると、成長率、インフレ率とも24年度から26年度にかけて前回からの変更は小幅にとどめています。言外に、見通しの変更はほぼなく、経済・物価の見通しが「オントラック(想定通り)」であることを示唆しているように思われます。なお、25年度の消費者物価指数(除く生鮮食品、コアCPI)は前回の2.1%から1.9%に下方修正されました。しかし、展望レポートではこの点について、「このところの原油等の資源価格下落の影響などが押し下げ方向」となったと説明し、他の要因に問題がないことを匂わせています。
金融政策運営の観点から重視すべきリスクについては経済の見通しが概ね上下にバランスしていると述べる一方で、物価の見通しについては、25 年度は上振れリスクの方が大きいとも説明しています。
次に、植田総裁の記者会見における注目点としては、「(時間的余裕という表現は)不要になると考えて、今日は使っていない」と述べたことでしょう。日銀は①利上げが基本姿勢ながら、②市場が不安定な間は利上げをしない、が基本姿勢でした。「時間的余裕は使わない」ことで、金融政策運営は①の「経済・物価の見通しが実現していくなら利上げする姿勢」であるとみられます。
ただし、これは12月会合での利上げの可能性を排除しないものの、利上げ決め打ちとは異なる点に注意は必要です。あくまで「ライブ」に戻っただけであり、データ次第の政策運営とみられます。
データ次第の政策運営をするにあたり、注目すべき指標について、植田総裁は会見の中で、当然のことながら特定はしませんでしたが、やはり賃金関連のデータへの言及が目立ちました。そのうえで、米国経済も含め幅広く経済指標の動きを見守る必要がありそうです。また来年の春闘が今年と同じ程度の賃上げになれば、良い動きと述べましたが、それだけで利上げを判断するわけではないとくぎを刺しました。「来年の春闘が今年と同じなら利上げをする」などと短絡的で誤った解釈をしないよう、注意を促したように思われます。
投機的な取引をけん制するためにも、低金利の極端な長期化は控えるべき
日米の政治に不確実性がみられることや、米国経済も本当に安定したのか疑い始めたらきりがない中で、データ次第で利上げも辞さないという、いわば通常の金融政策の運営に戻したことは正しい選択であったと筆者はみています。
日本の低金利が長期化する中、市場では円を売って資金を調達し、高金利通貨などに投資する「キャリー取引」が行われていました。キャリー取引の実態はわかりづらいですが、目安として米商品先物取引委員会(CFTC)が発表している投機筋(非商業部門)の持ち高(ポジション)が参照されます(図表3参照)。7月の政府・日銀による円買い為替介入と、日銀の利上げを受け、急速に円売りポジションが解消された様子です。このことはキャリー取引で買われていた資産の売りを引き起こしたとみられます。
国際通貨基金など国際機関もキャリー取引のリスクに関心を寄せており、経済実態に見合わない低金利を続けることはキャリー取引を活発化させ、潜在的なリスクを高めることも懸念されるため、そのような投機をけん制する意味で、利上げの姿勢を示すことに意味はあると思われます。
「時間的余裕がある」を使わないことで、日銀は新たな段階に進んだとみられます。
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