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韓国「非常戒厳」宣言と市場の反応
梅澤 利文
2024/12/04

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概要

韓国の尹錫悦大統領は12月3日に戒厳令を宣布しましたが、翌日未明に国会が解除を求める決議案を可決し、同日朝に解除されました。この戒厳令の背景には、現政権の支持率低下や政治的対立があるとされています。市場は一時的に動揺しウォン安などが見られましたが、解除が早かったことなどから比較的冷静とも見られます。ただし、韓国経済には根深い問題があり、今後の動向に注意は必要です。




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韓国の尹錫悦大統領、「戒厳令」を宣布するも、約6時間で撤回

報道にある通り、韓国の尹錫悦(ユンソンニョル)大統領は12月3日夜、緊急談話を発表し政党活動の禁止や報道機関の活動を制限する「戒厳令」を宣布しました。「国政がまひ状態にある」として、北朝鮮の共産勢力の脅威から韓国を守り、自由な憲法秩序を守るためだと説明しました。これに対して韓国国会は4日未明、非常厳戒の解除を求める決議案を可決したことを受け、尹大統領は同日朝、閣議を通じて非常戒厳を解除すると発表しました。

市場では通貨ウォンが対ドルで一時1ドル=1440ウォン台とウォン安が進行しましたが、足元では1415ウォン前後に回復しています(図表1)。

韓国で戒厳が発令されたのは民主化後初と、まさに異例の事態

韓国で前回、戒厳が発令されたのは軍事政権下の1979年で、さらに80年の民主化運動で戒厳令が全国に拡大されましたが、87年の民主化以降では初めてのことです。今回の戒厳の布告令を見ると、国会やデモなど政治活動は禁止され、言論も統制(管理)されるなどとまっており、民主主義であれば到底受け入れられない内容です。韓国国会が、4日未明に本会議を開き、非常戒厳の解除を要求する決議案を野党だけでなく与党も含め全会一致で可決され、その後の閣議で非常戒厳が解除されました。6時間程度で終わった戒厳に対する尹錫悦大統領の本当の目的は現段階では分かりませんが、韓国の政治と経済には次の問題があったように思われます。

まず、現政権に対する支持率の低さです。韓国では4月10日の議会(一院制)選挙で、与党の「国民の力」が大敗し、野党の「共に民主党」が過半数を確保しました。尹錫悦政権は苦しい国会運営を迫られ、予算や法案は野党主導となっていました。野党「共に民主党」は官僚らに対し弾劾訴追案を相次ぎ提出し、予算案の修正を迫るなど攻勢を強めていました。尹錫悦が会見で指摘していたのはこのような状況についてのことと思われます。支持率の低さは身内にも原因があり、大統領夫人の株価操作疑惑や、政治への介入疑惑がたびたび報道されています。

政治的には次の動きとして責任問題が挙げられ、報道では野党「共に民主党」が「尹大統領、国防相、行政安全相を内乱罪で告発し、弾劾を進める」と表明しました。一方、与党「国民の力」は内閣総辞職の意向を表明しています。

政治的な動揺はしばらく続きそうです。尹錫悦大統領は親日的で日韓の関係改善をリードしてきただけに、日本への影響も気になるところです。

韓国経済の回復が鈍いことも、政権与党にとっては痛手かもしれない

次に市場や韓国経済を振り返ります。

市場については、韓国取引所は4日も証券市場とデリバティブ(金融派生商品)市場などを正常運営すると決定しました。韓国総合株価指数で戒厳解除後の4日の取引を見ると、現段階(日本時間14時)では前日比2%程度下落しています。しかし、値動きからは、落ち着きも見られます。ただし韓国株式市場は当面、政治動向に左右されそうです。

韓国銀行(中央銀行)は4日に臨時の金融通貨委員会を開催し、市場の安定措置を積極的にとる方針を確認しました。また韓国財政省は必要なら無制限の資金供給をすると表明しています。

韓国中銀は11月28日の(通常開催の)会合で市場予想の据え置きに対し、政策金利を0.25%引き下げ3.00%としました(図表2参照)。韓国中銀は世界金融危機などを除くと2会合連続で利下げを行わない傾向があるだけに、今回の利下げは意外感があったとともに、韓国中銀の経済に対する懸念が示されました。なお、韓国の消費者物価指数(CPI)は11月が前年同月比で0.5%上昇し、変動の大きい項目を除外したコアCPIは1.9%上昇と物価の面からは政策金利を動かす理由はあまりないと思われます。

問題は韓国の景気回復が鈍いことです。韓国の7-9月期GDP(国内総生産)成長率は前年同期比1.5%増で、前期比は0.1%増でした(図表3参照)。4-6月期は前期比0.2%減とマイナス成長であっただけに、景気後退さえ懸念される水準です。

韓国経済には長期的には急速に進む少子高齢化が課題となるうえ、主力の半導体産業に伸び悩みがみられます。韓国の半導体企業の主な輸出相手先が中国であるため中国景気に依存する割合が高いことや、米国の対中国政策で韓国企業の中国における生産活動に制約があるといった問題を抱えています。また、一部韓国半導体企業は生成AI(人工知能)向けの先端メモリーの開発に遅れが見られます。このような構造的な問題は解決に時間も必要と思われます。景気が良ければ、韓国大統領の支持率が少しは改善したかもしれませんが、経済面に支持率の押し上げ要因は乏しかったと見ています。


梅澤 利文
ピクテ・ジャパン株式会社
ストラテジスト

日系証券会社のシステム開発部門を経て、外資系運用会社で債券運用、仕組債の組み入れと評価、オルタナティブ投資等を担当。運用経験通算15年超。ピクテでは、ストラテジストとして高度な分析と海外投資部門との連携による投資戦略情報に基づき、マクロ経済、金融市場を中心とした幅広い分野で情報提供を行っている。経済レポート「今日のヘッドライン」を執筆、日々配信中。CFA協会認定証券アナリスト、日本証券アナリスト協会検定会員(CMA)


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