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日銀、2025年の金融政策と多角的レビューの意味
梅澤 利文
2025/01/07

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概要

日銀の植田総裁は全国銀行協会の賀詞交歓会で、経済物価情勢の改善が続けば政策金利を引き上げる意向を示した。しかし、日銀は昨年12月の金融政策決定会合で賃金動向や米国経済政策の不確実性を理由に利上げを見送った。追加利上げのタイミングには賃金動向などに加え、円安も影響を与えそうだ。なお、日銀の多角的レビューでは、短期金利を主体とした政策運営としたい考えが示された。




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日銀は昨年12月の会合で政策金利を据え置き、多角的レビューを公表

日銀の植田和男総裁は1月6日に全国銀行協会の賀詞交歓会で挨拶を行った。その中で、今後の金融政策を占う発言として、「25年も経済物価情勢の改善が続いていくのであれば政策金利を引き上げ、金融緩和度合いを調整していく」と指摘した。

日銀は昨年12月18日-19日の金融政策決定会合で政策金利を据え置いた。会合後の記者会見で植田総裁は据え置きの理由として①賃金動向(春闘)を確認したいことや、②(トランプ次期政権の政策を念頭に)米国の経済政策を巡る不確実性を挙げた。①や②のように確認に時間がかかることを据え置きの理由としていることや、円安懸念を表明しつつも輸入インフレの落ち着きを指摘したことなどから、1月(23日ー24日)会合の利上げも疑わしく、追加利上げは3月(18日-19日)会合以降になるとの見方が市場に台頭している。

なお、日銀は会合2日目となる12月19日に過去25年間の政策について効果や副作用を分析した「多角的レビュー」を公表した。会見で植田総裁は多角的レビューについて、「結果は当面の金融政策運営に直ちに影響を与えるものではないが、やや長い目で見て金融政策のあり方を考えるうえで貴重な材料を提供するもの」と説明している。

日銀の追加利上げ姿勢は明確だが、そのタイミングには不透明感が漂う

賀詞交歓会の植田総裁の挨拶から判断して、日銀が利上げ路線を維持していることは明らかだろう。ただ、追加利上げのタイミングは不確実だ。そこでタイミングを計るうえで当面の注目点をまとめた(図表1参照)。次に「多角的レビュー」が金融政策に与えうる影響を簡単に振り返ることとする。

図表1に日銀の金融政策を占ううえで重要と思われるイベントを示した。1月に追加利上げを行う必要条件は賃金について「もう少し情報が必要」なことだが、必ずしも春闘の回答(昨年、連合の第1回回答は3月15日)まで待つ必要はなかろう。仮に9日の支店長会議や、日銀の定性的な調査で賃金について情報が得られれば1月利上げの可能性もあり、日銀の情報発信に注目している。その意味では、1月14日と15日の氷見野副総裁の発言に注目が必要だろう。

ただし、1月の会合を前に賃金動向を示唆するデータが少ないのも事実だ。日銀も注目する毎月勤労統計は4月公表のデータであっても、今年の春闘の結果はほぼ反映されないなど情報は少ない。これが1月利上げにやや懐疑的な背景だ。

トランプ次期政権の政策イベントとして20日の就任式のみ示した。しかし、就任式は形式で、おそらく本当に注意すべきは突然の政策発表であり、予見は難しい。そのうえ、前回のトランプ政権を思い起こせば政策の姿が見えるのは年後半かもしれない。筆者は、米国の政策の不透明性が据え置きの理由となり続けるのか疑問に思っている。

むしろ1月の追加利上げを期待するなら為替動向が重要だろう。7日に円は1ドル=158円台に突入した(図表2参照)。エネルギーや食料を輸入に依存する日本にとって、過度な円安は物価抑制の観点からも容認できないはずだ。12月の会合後の記者会見で植田総裁は輸入インフレの落ち着きを指摘したが、いつまでも円安を許容はできないかもしれない。さらなる円安で利上げに追い込まれる状況は日銀も回避したいところだろう。

多角的レビューで政策金利はプラス圏に維持されやすくなるかもしれない

日銀の追加利上げのタイミングには、図表1に示したイベント以外に、米国金融政策、経済指標、株式や債券市場の動向など様々な要因が影響しうることから、幅広い情報分析も必要だ。

最後に、多角的レビューが金融政策に与えると思われる影響について述べる。植田総裁が指摘したように、多角的レビューの結果は当面の金融政策運営に直ちに影響を与えるものではないようだが、追加利上げを中長期的に支持する要因とはなりそうだ。なぜなら、多角的レビューの重要なメッセージの一つは短期金利による金融政策の効果は量的金融緩和など非伝統的政策に比べ波及経路が明確で影響も大きいと明示したからだ。金利がゼロ%に下がった局面では、短期金利を操作する伝統的な手法では需要を十分に刺激できないとして導入した非伝統的金融政策の効果をある程度は認めつつも、短期金利に完全に代替できるものではないとしている。そうであるならば、経済やインフレが許すなら、現在の0.25%というゼロ金利を若干しか上回るに過ぎない政策金利の水準は少しでも積み上げたいところだろう。

多角的レビューでは非伝統的金融政策の結果として日銀が国債を保有する場合の問題点などを明示するとともに、国債市場の機能度について十分な分析を行っている。そのうえで、機能度にマイナスの影響があったと素直に言及している。過去においては、市場などからの同様の問題提起があっても、「問題ない」で終わってしまうこともあったことに比べ大きな変化であったと見ている。

もっとも、日銀は非伝統的金融政策を完全に否定しているわけではない。経済状況によっては再度、量的金融緩和政策などを採用する可能性も残している。しかし仮にそうであっても、多角的レビューで示された効果と副作用を天秤にかけ、慎重に採用を決定する流れとなるのだろう。その意味では、将来においてゼロ金利政策もしくは量的金融緩和に戻ることには一段と慎重になることが想定される。


梅澤 利文
ピクテ・ジャパン株式会社
シニア・ストラテジスト

日系証券会社のシステム開発部門を経て、外資系運用会社で債券運用、仕組債の組み入れと評価、オルタナティブ投資等を担当。運用経験通算15年超。ピクテでは、ストラテジストとして高度な分析と海外投資部門との連携による投資戦略情報に基づき、マクロ経済、金融市場を中心とした幅広い分野で情報提供を行っている。経済レポート「今日のヘッドライン」を執筆、日々配信中。CFA協会認定証券アナリスト、日本証券アナリスト協会検定会員(CMA)


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