Article Title
米雇用統計を迎えるにあたって思うこと
梅澤 利文
2023/08/04

Share

Line

LinkedIn

URLをコピー


概要

FRBの金融政策を占ううえで、インフレ動向を左右するといわれる賃金の動きが重要です。そのため米労働省が月初に発表する雇用統計が注目されます。特に注目される非農業部門の就業者数は、人口動態から推定される数字を概ね上回る推移となっています。労働市場が強いからと言ってしまえばそれまでですが、コロナ禍からの正常化の動きと区別する必要もありそうです。




Article Body Text

ADP雇用統計、7月は前月比32.4万人増と市場予想を大幅に上回った

米民間雇用サービスADPが2023年8月2日に発表した7月の全米雇用レポート(ADP雇用統計)によると、非農業部門の雇用者数(政府部門は除く)は前月比32.4万人増と、市場予想の19万人増を大幅に上回りました。6月は45.5万人増と速報値の49.7万人増から下方修正されましたが、依然高水準です。

7月の雇用者数の変動を部門別にみると、レジャーや宿泊サービスなどを含む娯楽・接客の雇用者数が20.1万人増と、突出して前月から採用を増加させています(図表1参照)。他の部門では天然資源・採掘業、情報サービス、物流などが堅調でした。一方、製造業や金融は前月比で減少しており、部門別に違いがみられます。

娯楽・接客部門の就業者数はコロナ禍の大幅減から回復途上

7月ADP雇用統計は、雇用者数の伸びから米労働市場の強さがうかがえます。しかし伸びの大半は娯楽・接客となっています。同じように雇用者数が市場予想を上回った6月のADP雇用統計でも伸びの半数近くが娯楽・接客で占められました。米労働市場の動向を占ううえで、娯楽・接客部門の状況を知る必要がありそうです。

米労働省が発表する雇用統計に基づき非農業部門就業者数を娯楽・接客とそれ以外に分け、それぞれをコロナ禍前の20年2月を100として指数化しました(図表2参照)。娯楽・接客部門はコロナ禍当初約800万人が職を失いました。図表2の指数が約50となっているのはコロナ禍前に比べほぼ半数が職を失ったことを示しています。

娯楽・接客を除いた就業者数は同時期、1割程度の減少でした。1割でも通常時であれば深刻な事態です。娯楽・接客部門がコロナ禍で受けたショックがいかにひどかったのかがうかがえます。

次に、図表2で足元の状況を確認すると、娯楽・接客部門を除いた就業者数はコロナ禍前の水準を上回っています。一方、娯楽・接客部門は依然コロナ禍前の水準を下回っています。

なお、米連邦準備制度理事会(FRB)は最近の調査で、娯楽・接客部門の雇用者数の推移を地域別(大都市、郊外の都市、地方)に3分類してその特色を報告しています。その調査によると、娯楽・接客部門の雇用者数は地方や郊外の都市に比べ、ニューヨーク(NY)のような大都市で回復が鈍いことが示されています。リモートワークなどの働き方が導入されたことなどが大都市の回復の鈍さの要因の一つとしてあげられます。

娯楽・接客部門の中身を見ると75%程度がレストランなど飲食業です。大都市でもコロナ禍前の賑わいが戻ってきましたが、閉店したままの店もわずかながら残されているというイメージのようです。

コロナ禍前の賑わいが戻る一方で、雇用者数はコロナ禍前を下回る

米国の大都市のレストランの客足が戻っているのかをリアルタイムデータ(オープンブック)でNYを例に確認します(図表3参照)。コロナ禍当初に見られた前年比マイナス100%はロックダウン(都市封鎖)で客足がゼロであった時期です。足元ではほぼ前年並みの賑わいがみられます。ただし、先のFRBの調査でも指摘されていることですが、大都市での客足はコロナ禍前後の水準で頭打ちの傾向もみられるようです。

なお、ホテル関連などは堅調な回復が続いていることから、娯楽・接客部門には今後の伸びしろも残されているようです。しかし飲食業の今後の伸びしろには疑問も残ります。

そうした中、娯楽・接客部門の就業者数はいまだにコロナ禍前を40万人ほど下回っています。したがって同部門の回復が続くようであれば、トレンドを超えた雇用の伸びが当面続くことも十分考えられます。娯楽・接客部門の増加を背景に、7月のADP雇用統計において非農業部門雇用者数の前月からの伸びは市場予想を大幅に上回りました。労働市場全体の強さゆえの伸びという面も確かにあります。しかし、部門別の事情などにも注意を払う必要があるとみています。同じADP雇用統計では賃金上昇の鈍化傾向なども示されており、総合的に判断することが必要と思われます。


梅澤 利文
ピクテ・ジャパン株式会社
ストラテジスト

日系証券会社のシステム開発部門を経て、外資系運用会社で債券運用、仕組債の組み入れと評価、オルタナティブ投資等を担当。運用経験通算15年超。ピクテでは、ストラテジストとして高度な分析と海外投資部門との連携による投資戦略情報に基づき、マクロ経済、金融市場を中心とした幅広い分野で情報提供を行っている。経済レポート「今日のヘッドライン」を執筆、日々配信中。CFA協会認定証券アナリスト、日本証券アナリスト協会検定会員(CMA)


●当資料はピクテ・ジャパン株式会社が作成した資料であり、特定の商品の勧誘や売買の推奨等を目的としたものではなく、また特定の銘柄および市場の推奨やその価格動向を示唆するものでもありません。
●運用による損益は、すべて投資者の皆さまに帰属します。
●当資料に記載された過去の実績は、将来の成果等を示唆あるいは保証するものではありません。
●当資料は信頼できると考えられる情報に基づき作成されていますが、その正確性、完全性、使用目的への適合性を保証するものではありません。
●当資料中に示された情報等は、作成日現在のものであり、事前の連絡なしに変更されることがあります。
●投資信託は預金等ではなく元本および利回りの保証はありません。
●投資信託は、預金や保険契約と異なり、預金保険機構・保険契約者保護機構の保護の対象ではありません。
●登録金融機関でご購入いただいた投資信託は、投資者保護基金の対象とはなりません。
●当資料に掲載されているいかなる情報も、法務、会計、税務、経営、投資その他に係る助言を構成するものではありません。

手数料およびリスクについてはこちら



関連記事


インドネシア中銀、ルピア安定のための金融政策

メキシコペソの四苦八苦

10月の中国経済指標にみる課題と今後の注目点

米CPI、インフレ再加速懸念は杞憂だったようだが

注目の全人代常務委員会の財政政策の論点整理

11月FOMC、パウエル議長の会見で今後を占う