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フランス混乱、マクロン大統領の賭けはどうでるか
梅澤 利文
2024/06/18

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概要

フランスの政治不安を背景に、ユーロ圏の債券市場が混乱、フランス国債とドイツ国債とのスプレッドが急拡大しました。欧州議会選挙では極右政党が躍進し、マクロン大統領は国民議会の解散・総選挙を決定しました。極右政党の躍進は増加する移民への対応を求める声を反映した面があります。フランスは財政状況の悪化も深刻な問題です。議会選挙の結果は財政問題の方向性にも影響を与えそうです。




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フランスの政治不安を背景に、国債利回りは対ドイツ国債比で急上昇

フランスの政治不安が欧州債券市場の波乱要因となっています。ユーロ圏で最も安全とみなされるドイツ債とフランス国債との利回りの差(スプレッド)は6月になり拡大傾向です(図表1参照)。フランスとドイツのスプレッドは年初から6月までおおむね0.5%前後の比較的狭い範囲で推移していました。しかし、足元ではスプレッドが0.8%近辺にまで拡大しています。

ユーロ圏では、独仏と並び称されるようにフランス国債の安全性は高いと認識されていましたが、17日のフランス国債の利回りは約3.2%で、ポルトガル国債の3.16%を上回り、スペイン国債の3.31%に近づきつつあります。

欧州議会選挙の結果を受けマクロン大統領は解散・総選挙を決断

フランスの最近の出来事(イベント)を振り返りながら、フランスの政治不安の背景を整理し今後のポイントを述べます。

まず、5月31日にS&Pグローバル・レーティングはフランス国債を格下げしました(図表2参照)。フランス国債市場は格下げ自体への反応は限定的でしたが、 S&Pが格下げの理由にあげたフランスの財政状況は、その悪さが浮き彫りとなりました。

フランスが24年3月に発表した23年の財政赤字対GDP(国内総生産)比率は約5.5%、債務残高対GDP比率は約110.6%でした。政府見通し(各々4.9%、109.7%)を上回り財政状況の悪化が示されました。深刻なのはフランスでは大統領支持会派が議会で過半数を持たず議会運営に四苦八苦していることです。マクロン政権は、年金改革など重要法案で、批判の多い憲法49条3項の特例(議会採決なしに法案を成立させる)を活用してきました。昨年マクロン政権は国民の反対が根強かった年金改革(支給年齢引き上げ)で、下院の審議を打ち切り、法案を成立させる荒っぽい手段に打って出たため国民の反発を招きました。

6月6日~9日(フランスは9日)に行われた欧州議会選挙では極右政党が票を伸ばしました。ルペン前党首らが率いるフランス「国民連合(RN)」はフランス政党への票の31.4%を獲得した一方で、マクロン大統領の政党「再生」の得票率は14.6%にとどまりました。コロナ禍の終わりと、ウクライナでの戦闘を受け急増している欧州への移民に対する政策への期待が極右政党への支持を押し上げた面もありそうです。

欧州議会選挙の結果を受け、マクロン大統領は国民議会(下院)の解散・総選挙を決断しました。第1回投票は6月30日、決選投票(第1回投票で決定しない場合)は7月7日と短期決戦を仕掛けました。極右の台頭や政権奪取に国民は、最後は反対するだろうという読みが、誰も予想できなかった解散・総選挙を決断した背景と見られます。

しかし、解散・総選挙という賭けに出たマクロン氏にとっての誤算は左派系勢力の結束です。緑の党、社会党、共産党、「不屈のフランス」を含む左派系政党(左派連合)が小選挙区制で争われる第1回投票で各選挙区に出馬する候補者の一本化で合意しました。マクロン氏は他の政党の選挙準備が整う前に、解散・総選挙を仕掛け、極右台頭への嫌悪感を利用する作戦だったと思われますが、当ては外れたように思われます。

マクロン大統領は解散・総選挙の賭けに出たが、状況は不透明

国民議会(下院)選挙の行方は混とんとしていますが、大きく3つのグループ、①「国民連合」と共和党の一部などによる極右政党、②左派連合、③「再生」などによる大統領支持会派に分かれます。支持率を見ると、①の極右政党が30%超とリードし、②の左派連合が20%超、③の大統領支持会派は15%超、となっています。欧州議会選挙の得票率と大差ない状況です。

国民議会(下院)選挙の結果を予想するのは困難です。選挙は第1回と決選投票で行われ、第 1回投票で絶対過半数、かつ有権者の25%以上の票を獲得した候補者は当選しますが、これに満たない場合は、決選投票で上位2名に加え、一定の得票を獲得した候補により争われます。第1回投票で極右政党の候補が3割程度を獲得しても、決選投票では敗れる可能性もある仕組みで、獲得議席数の読みは複雑です。

そのような票読みの難しさはあるなか、市場では主に2つのシナリオが想定されています。1つ目は現在の支持率を反映した議席分布となり、どの勢力も過半数に達しない(ハング・パーラメント)ケースです。この場合、政策毎に離合集散を繰り返すなど不安定な議会運営が懸念されます。一方で、連立工作が進展することも期待されるなど選挙後のシナリオも描きにくいケースが想定されます。

2つ目は現在最も支持率の高い極右政党などが過半数を確保して極右政権が生まれるシナリオです。今回は議会選挙であるため、マクロン大統領は(辞任しなければ)地位を維持しますが、大統領(中道)と首相(右派か極右)というねじれ状態の「コアビタシオン(共存)」となります。フランスでは過去20年以上見られない体制です。コアビタシオンではマクロン大統領の権限縮小が想定されます。その場合、市場が懸念するのは財政改革の遅れです。先の年金改革でもマクロン政権の支給年齢引き上げは、手法に問題はありますが、財源確保、年金維持に必要と思われます。一方、極右の国民連合は支給年齢引き下げを支持し財政へのスタンスは正反対です。国民連合は欧州連合(EU)離脱など反EU色を弱めてはきていますが、EUはフランスに財政規律を求めているだけに不安の種は尽きません。


梅澤 利文
ピクテ・ジャパン株式会社
ストラテジスト

日系証券会社のシステム開発部門を経て、外資系運用会社で債券運用、仕組債の組み入れと評価、オルタナティブ投資等を担当。運用経験通算15年超。ピクテでは、ストラテジストとして高度な分析と海外投資部門との連携による投資戦略情報に基づき、マクロ経済、金融市場を中心とした幅広い分野で情報提供を行っている。経済レポート「今日のヘッドライン」を執筆、日々配信中。CFA協会認定証券アナリスト、日本証券アナリスト協会検定会員(CMA)


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