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メキシコ中銀の見切り発車、3対2で利下げを決定
梅澤 利文
2024/08/09

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概要

メキシコ銀行は8月8日、0.25%の利下げを決定しましたが、投票は賛成3、反対2とぎりぎりの判断でした。インフレ見通し改善などを利下げの理由としていますが、CPIの構成項目には上昇しているものもあり、利下げ判断の難しさがうかがえます。メキシコの今後のインフレ動向にペソが影響しそうです。その変動要因はキャリー取引解消から財政政策まで様々で、メキシコ中銀は難しい対応が求められそうです。




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メキシコ中銀、潜在的なインフレ懸念が残る中、利下げを決定

メキシコ銀行(中央銀行)は8月8日、金融政策決定会合の結果を発表し、過半の市場予想通り、政策金利を0.25%引き下げて10.75%にすることを発表しました(図表1参照)。メキシコ中銀は声明文で引き下げの理由として(コア)インフレ見通しの改善などを指摘しています。

しかしながら、足元でキャリー取引(低金利市場で資金調達して高金利通貨で運用)解消の動きなどを受けメキシコペソ(対ドル)安傾向です。このような潜在的なインフレ要因も残されており、会合では5人の理事のうち3人が利下げに賛成し、2人が据え置きを支持しました。利下げの決定は紙一重の判断でした。

メキシコのCPIは足元上昇だが、コアCPIは鈍化傾向と方向感に違いがある

メキシコ中銀の利下げ判断が分かれたのは、同日に発表された7月の消費者物価指数(CPI)に示されています(図表2参照)。7月のCPIは前年同月比で5.57%上昇と、前月の4.98%上昇を大幅に上回りました。一方で、変動の大きい項目を除いたコアCPIは7月が4.05%上昇と、6月の4.13%上昇を下回りインフレ鈍化が示唆されました。どちらを重視するかによりインフレへの見方も別れるところですが、声明文ではCPIの上昇については変動部分(農産物とエネルギー)の価格上昇がCPIを押し上げたと指摘する一方で、物価の基調であるコアCPIは減速を続けていると説明しています。

メキシコのCPIの構成指数をみると、変動項目の中で果物・野菜は前月比で8.87%上昇と急騰しました。干ばつなど天候要因が背景とみられます。一方、7月のコアCPIは前月比で0.32%上昇と、物価の基調は落ち着いていたとみられます。

今回、メキシコ中銀はインフレ見通しでCPIを上方修正した一方で、コアCPIは7-9月期を下方修正したものの、ほぼ前回の予測を据え置きました(図表3参照)。メキシコ中銀はCPI、コアCPIともに25年10-12月期に3.0%に鈍化すると見込んでいます。メキシコ中銀の物価目標は3%で、その達成は来年末を見込んでいます。メキシコの景気に足元で回復にやや鈍さがみられます。景気テコ入れに高水準の政策金利を引き下げる意向は強いと思われます。しかしながら、インフレ率が物価目標を上回っていることから、物価を抑制させる政策運営を当面地づける必要があると想定されます。

メキシコ中銀の政策姿勢がペソの動向を左右する可能性がある

メキシコ中銀が政策運営で注意が必要なのはペソ安抑制と思われます。メキシコの輸入物価は足元上昇傾向だからです。声明文でもペソ安に言及しており、そして何よりも、足元のペソの変動性の高さに対し適切な政策運営が求められます。

ペソの今後の動向をみるうえで筆者は主に次の点に注目しています。1点目はキャリー取引です。

金利の低い通貨で資金を調達し、メキシコのような高金利の通貨に投資するキャリー取引はペソ高要因でした。しかし日銀が意表を突いた利上げを実施したことなどからキャリー取引解消が進み、足元のペソ安を演出したとみられます。なお、日銀が追加利上げに慎重姿勢を見せたことで、ペソ高に転じましたが、メキシコ中銀が利下げを続ければキャリー取引の解消を通じて、ペソ安が進行する恐れもあります。メキシコ中銀は不用意な利下げに注意する必要があります。

2点目はメキシコ固有の要因、かつ影響が大きい財政政策です。6月2日に実施された大統領選挙では与党の左派MORENAS(国民再生運動)から出馬したシェインバウム氏が市場予想通り勝利しました。問題は議会上下院選です。与党連合が改憲可能な議席数(3分の2)を下院は確保、上院は下回ったものの3分の2に迫る水準でした。メキシコでは司法制度の改正や年金政策、財政制度の変更などには憲法改正が求められます。今年2月に現職のオブラドール大統領は憲法を改正し年金制度改革など20の項目を提案しました。その内容は、左派色が強く財政拡大を懸念させるものでした。2月の改憲案発表当時は憲法改正の目途がたたないことから注目度は低かった(懸念はされましたが)ですが、6月の選挙結果を受けて懸念の確度が高まりました。6月の選挙後のペソ急落はこの財政拡大懸念が背景とみられます。

ペソ安に慌てた「次期」政権は財政規律の重要性を示唆し火消しを行っており、財政拡大懸念を要因としたペソ安は(他の変動要因の影響が大きいことから)下火となっています。しかし、安心はできません。改憲案が検討されるのはこれからだからです。メキシコ中銀は財政政策に直接は関与しませんが、①財政拡大に寄り添い金融緩和的な政策運営をする。反対に、②財政拡大に対し金融引き締めも辞さない覚悟を示す、という対照的な選択をすることができます。10月に発足する新政権がペソ安に配慮した政策を続ければよいのですが、そうでなかった場合は、メキシコ中銀の姿勢がペソの行方を左右しそうです。


梅澤 利文
ピクテ・ジャパン株式会社
ストラテジスト

日系証券会社のシステム開発部門を経て、外資系運用会社で債券運用、仕組債の組み入れと評価、オルタナティブ投資等を担当。運用経験通算15年超。ピクテでは、ストラテジストとして高度な分析と海外投資部門との連携による投資戦略情報に基づき、マクロ経済、金融市場を中心とした幅広い分野で情報提供を行っている。経済レポート「今日のヘッドライン」を執筆、日々配信中。CFA協会認定証券アナリスト、日本証券アナリスト協会検定会員(CMA)


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