Article Title
英新政権によるエネルギー政策への期待と不安
梅澤 利文
2022/09/08

Share

Line

LinkedIn

URLをコピー


概要

トラス氏が英国首相に就任しました。嵐を乗り越えるとの表現で、難題克服への決意を述べています。経済問題ではインフレへの対応が待ったなしの状況で家庭のガスや電気などの光熱費に焦点をあてています。政治が市場に介入することで価格を持続的に抑制できるのか、今後の展開を見守る必要がありそうです。



Article Body Text

トラス首相就任:物価対策として、家庭の光熱費問題に対処する方針を示す

英国のトラス氏は、2022年9月6日、首相に就任しました。トラス首相は早速、組閣に着手する一方、就任演説で「今週、(高騰する)光熱費問題(エネルギー価格問題)に対処するための行動を起こす」と改めて明言しました。

英国債利回りは、インフレ懸念や、英イングランド銀行(中央銀行)の金融引き締め観測などから上昇傾向が続いていましたが、7日の市場では、英2年国債利回りが一時、前日比で0.25%低下し、結局、1週間ぶりの低水準となる2.95%となりました(図表1参照)。

インフレ率上昇の要因となっているエネルギー価格に取り組む姿勢を示す

トラス首相は就任後初の演説で「嵐を乗り越える」との表現で難題克服への決意を表明しています。物価高(図表2参照)、ウクライナ問題、北アイルランド問題に代表される対欧州連合(EU)との関係など難問が山積みです。当レポートでは、英国のインフレ、特に待ったなしとなっているエネルギー価格問題を取り上げます。

まず、英国のインフレ動向を確認します。英国の消費者物価指数(CPI)は7月が前年比で10.1%、コアCPIは6.2%と各々上昇となりました。エネルギー価格上昇などがインフレ率上昇の主な背景と見られますが、コアCPIも高水準で、物価上昇が幅広い分野に広がっている面も見られます。

英中銀の8月の金融政策報告でCPI予想を見ると、今年の10-12月期には総合CPIが13%程度に上昇すると見込まれています。英中銀は家庭の光熱費をインフレ率上昇の要因と指摘していますが、その可能性は高まっています。8月26日にガス・電力市場監督局(Ofgem)が発表した平均的な家庭に請求可能なエネルギー料金も上限はこれまでの約2000ポンド弱(年額)から3500ポンド超まで約8割の引き上げとなうことが公表されました(22年12月31日まで)。なお、エネルギー価格の上限は市場(調達)価格に基づいています。調査会社は来年以降のエネルギー料金の上限はさらに引き上げられる可能性もあると試算しています。金融機関の中には(恐らく)これらの数字をベースに、英国のインフレ率はピークでは20%程度に上昇するとの予想も見られます。

エネルギー価格問題を目先の重要課題に位置付けるトラス新政権は、1000億ポンド(約16.5兆円)規模の支援策によりエネルギー価格問題を抑えるとの観測が報道されています。

そのような中、英中銀のチーフエコノミスト、ヒュー・ピル氏は、英下院での証言で消費者向けの光熱費を現水準で凍結すれば、現在の見通しに対して短期的にはインフレに下振れ効果が恐らく表れるだろうと指摘しています。一方で、同氏は政策金利の方向を決定する上で重要になるのはインフレへの長期的な影響とも述べており、トラス政権の政策に対する評価が簡単でないことを示唆しています。

そもそも、報道では1000億ポンドに近い規模とされる巨額の資金をどのように調達するのかという問題もあります。市場では英国国債の発行か、コロナ対策でも使われた政府保証つき融資が検討されているのではと予想されています。

英中銀のベイリー総裁はエネルギー価格問題に対する新政権の取り組みを支持する意向を表明しています。確かに、インフレが抑制されることは朗報かもしれません。

しかしながら、今後の英中銀の金融政策運営は不確実性が高まることも懸念されます。チーフエコノミストのヒュー・ピル氏が指摘するように、インフレの短期と長期の動向が異なる展開も想定されるからです。英中銀は8月の金融政策委員会で6会合連続の利上げを決定し、来週の会合では0.75%の大幅利上げが検討されると予想されていました。しかし、目先の金融政策さえ、トラス政権の内容次第となりそうです。

トラス首相は選挙中の公約として減税を訴えるなど、インフレ対策との整合性に疑問も残る政策を示唆しています。この点も、今後の金融政策のかじ取りを難しくする可能性があります。市場に対する政治介入とも言えそうなエネルギー価格問題への取り組みへの展開に注視が必要です。


関連記事


日銀植田総裁は想定よりハト派だった

スイス中銀はマイナス金利へと向かうのか?

米短期金融市場とQTの今後を見据えた論点整理


梅澤 利文
ピクテ・ジャパン株式会社
ストラテジスト

日系証券会社のシステム開発部門を経て、外資系運用会社で債券運用、仕組債の組み入れと評価、オルタナティブ投資等を担当。運用経験通算15年超。ピクテでは、ストラテジストとして高度な分析と海外投資部門との連携による投資戦略情報に基づき、マクロ経済、金融市場を中心とした幅広い分野で情報提供を行っている。経済レポート「今日のヘッドライン」を執筆、日々配信中。CFA協会認定証券アナリスト、日本証券アナリスト協会検定会員(CMA)


●当資料はピクテ・ジャパン株式会社が作成した資料であり、特定の商品の勧誘や売買の推奨等を目的としたものではなく、また特定の銘柄および市場の推奨やその価格動向を示唆するものでもありません。
●運用による損益は、すべて投資者の皆さまに帰属します。
●当資料に記載された過去の実績は、将来の成果等を示唆あるいは保証するものではありません。
●当資料は信頼できると考えられる情報に基づき作成されていますが、その正確性、完全性、使用目的への適合性を保証するものではありません。
●当資料中に示された情報等は、作成日現在のものであり、事前の連絡なしに変更されることがあります。
●投資信託は預金等ではなく元本および利回りの保証はありません。
●投資信託は、預金や保険契約と異なり、預金保険機構・保険契約者保護機構の保護の対象ではありません。
●登録金融機関でご購入いただいた投資信託は、投資者保護基金の対象とはなりません。
●当資料に掲載されているいかなる情報も、法務、会計、税務、経営、投資その他に係る助言を構成するものではありません。

手数料およびリスクについてはこちら