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ムーディーズ、イタリアの格付けを据え置き
梅澤 利文
2023/11/20

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概要

大手格付け会社のムーディーズ、S&P、フィッチの中ではムーディーズがイタリアに対して最も厳しい評価をしていました。今回、ムーディーズがイタリアの格付けをBaa3で据え置き、見通しを安定的に引き上げたことで、当面の市場の混乱は回避されると思われます。ただし、イタリアの財政運営には課題も残されており、今後はユーロ圏内部での対応に注目が移りそうです。



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ムーディーズ、イタリア国債を投資適格級に据え置き

米格付け会社ムーディーズ・インベスターズ・サービス(ムーディーズ)は2023年11月17日、イタリアの長期発行体格付け等を「Baa3(BBB-に相当)」に据え置くと共に、格付けの見通しを従来の「ネガティブ」から「安定的」に引き上げました。

市場の一部ではムーディーズがイタリアの格付けを「投資適格級」の下限であるBaa3を下回る投機的格付け級に格下げするとの懸念もありました。イタリア国債は、ユーロ圏加盟国の信用力の目安であるドイツ国債との利回り格差が拡大(信用力の悪化)した時期もありました(図表1参照)。しかし、他の大手格付け会社がイタリアの格付けを据え置いていたこともあり、足元では利回り格差は縮小傾向です。

イタリアの24年度予算案などには財政状況の不安が残されている

イタリアの格付けを他の格付け会社について確認すると、S&Pグローバル・レーティングは10月20日に、フィッチ・レーティングスは11月10日に格付けを共に「BBB」、格付けの見通しは「安定的」で確認しました。高い格付けとは言えないものの、投機的格付けを2ノッチ(段階)上回り、見通しも安定的としていたことから、ムーディーズによるイタリアの格付けとはやや見解が異なるようです。

イタリアとドイツの利回り格差(イタリア10年国債利回り-ドイツ10年国債利回り)の拡大は昨年の秋に続き、今年も10月にも見られました。その主な背景は財政の悪化です。イタリアの財政収支を対GDP(国内総生産)比率で22年についてみると(図表2参照)、マイナス8.0%と大幅な赤字で、ユーロ圏平均のマイナス3.6%を下回っています。なお、イタリアのメローニ政権が10月16日に閣議決定した24年度(1~12月)予算案では24年度の財政赤字対GDP比率目標を従来の3.7%から4.3%に引き上げました(財政悪化)。

市場がイタリア財政を懸念する要因として債務残高対GDP比率の大きさも挙げられます(図表3参照)。ムーディーズが今回格付け見通しを引き上げた際の声明文の中であっても、イタリアの高齢化による債務残高負担の大きさを懸念しています。

もっともムーディーズはイタリアの債務残高水準について、今後は拡大ではなく安定的な推移を見込んでいます。

財政赤字などに懸念は残るが、イタリアの信用力には評価すべき点も

ムーディーズが今回、格付けの見通しを引き上げた背景として、①今後数年にわたり経済成長が期待できること、②銀行の健全性や債務状況の改善、③政府債務の見通しが安定化したこと、④欧州中央銀行(ECB)の姿勢、等を挙げています。

①について、ムーディーズはイタリアの経済成長率は、欧州連合(EU)が経済再生として主導する復興強靭化計画に基づいて投資を進めることが成長率を押し上げるとしています。②の銀行の健全性について、ムーディーズはイタリアの銀行の不良債権比率(貸出し全体に占める不良債権の割合)が23年4-6月期に2.4%と他の欧州諸国と同水準に低下したと指摘しています。

③は市場でも見逃されている可能性がある点で、イタリアのプライマリーバランス(PB)は黒字基調に戻ることをムーディーズは指摘しています。イタリアはコロナ禍前、基本的な歳出は税収などの歳入で賄っており、PBは黒字でした。しかし、イタリアは新型コロナウイルスの影響が深刻であったこともあり、PBは赤字に転落しました。ただし今後について、ムーディーズはイタリアが再びPBを黒字化させる可能性があると指摘しています。

なお、図表2に示したようにメローニ政権は24年の財政赤字目標を引き上げる意向です。しかしながら、内容を見ると高インフレで生活が困窮する世帯への補助金などが主体で、財源は大半が国債発行と思われます。バラマキ政策と言ってしまえばそれまでですが、恒久的な歳出拡大の懸念は今のところ低いように思われます。

④は、イタリア国債利回りが過度に上昇した場合、ECBがツールを用意している点をムーディーズは格付けを維持した理由に挙げています。

ムーディーズが格付けの見通しを引き上げた理由を振り返ると、今回、イタリアの格付けを投機的格付けに格下げするとの懸念は杞憂であったのかもしれません。仮に投機的格付けに格下げした場合の市場の混乱や影響を考えれば、格下げに踏み込む選択肢はなかったように思われます。

もっとも、メローニ政権は24年予算案で財政赤字を従来の目標から引き上げる意向で、何よりもEUが定める目標水準(財政赤字対GDP比率は3%以下)を上回り看過できない水準です。これについては今後、欧州委員会などとの調整を経て赤字幅が縮小される可能性があります。このユーロ圏の国々の財政運営を調整する財政安定化の枠組みについて、筆者も含め市場は過小評価しているのかもしれません。


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梅澤 利文
ピクテ・ジャパン株式会社
ストラテジスト

日系証券会社のシステム開発部門を経て、外資系運用会社で債券運用、仕組債の組み入れと評価、オルタナティブ投資等を担当。運用経験通算15年超。ピクテでは、ストラテジストとして高度な分析と海外投資部門との連携による投資戦略情報に基づき、マクロ経済、金融市場を中心とした幅広い分野で情報提供を行っている。経済レポート「今日のヘッドライン」を執筆、日々配信中。CFA協会認定証券アナリスト、日本証券アナリスト協会検定会員(CMA)


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